ハンガリーの伝統民謡を演奏する女性5人組グループの ティンディア(Tindia) のデビューアルバム『Csudát csináljon belőle!』(「Make it Miracle!」の意味)の紹介
このアルバムは良いですね。2021年に聴いたワールド系のアルバムの中ではいちばん気にいったアルバムと言って良いかも。
ティンディアは、リュート型の弦楽器であるKobozを演奏するアプロ・アンナ(Apró Anna)さんがハンガリーで結成したグループ。
アンナさんはリスト音楽院でチェンバロと民族音楽理論を専攻しており、彼女が同じ音楽院で学ぶ演奏家を中心に集めてつくったグループのようです。
ハンガリーは共産主義の影響などから古くからの民謡が失われつつあったため、バルトークや(村上春樹で有名になった)ヤナーチェクなどはハンガリー農村に伝わる民謡を収集し自ら演奏してきたという歴史があります。(クラシックの話なのであまりこの辺の話は詳しくはないですが)
もう少し最近でも「ワールドミュージック」のジャンルでは良く知られるハンガリーのグループMuzsikásも自国の民謡を収集しアルバムとしてリリースしていました。
(MuzsikásはヴォーカリストのMárta Sebestyénが『イングリシュ・ペイシェント』のサントラに起用されたことも、ワールドワイドで知名度が高い一因だとは思いますが)
本作も同じようにハンガリーの民謡を収集・演奏したアルバムなのですが、少し変わっているのはハンガリー系のチャーンゴー人(csángó)のコミュニティに伝わる民謡を取り上げているという点。
チャーンゴー人は現在のモルダヴィア地方(ルーマニア、モルドバ共和国、ウクライナにまたがる地方)に住むハンガリー系の少数民族で、歴史の中で本国ハンガリーからは切り離されてしまった人びとのこと。
音楽的にも、ルーマニア音楽その他と混交を繰り返し、独自の発展をしてきたそうです。
アンナさんは民族音楽を学ぶ現役の学生なので、その研究の一環としてチャーンゴー民謡を収集したのかもしれません。
むしろマーケットベースでのアルバムだと、なかなかこういう手間のかかる作業は割りに合わないと思うので、そういう意味で貴重なアルバムと言えるかも。
こちらはティンディアが演奏しているアルバム中の曲「Rontás」を演奏している数少ない動画
みんなでお酒を飲んで食事をした後に、みんなで手をつなぎ細かな足のステップで輪になって踊る、これは東ヨーロッパ一帯で「ホロ」や「オロ」と呼ばれる典型的なダンスですね。
使われる楽器(特にdobと呼ばれる太鼓)や繰り返しフレーズの多用、歌われるレパートリーなどがチャーンゴー民謡の特徴と言われているそうですが、正直なところ伝統的なハンガリー音楽との違いはよくわかりませんね。
不規則なリズムのダンス・リズム、独特の旋律、パワフルな歌などは、むしろハンガリー民謡との共通点の方が多いように感じます。
ティンディアが演奏する音楽は基本的にはダンス音楽で、dobと呼ばれる太鼓とkobozで刻まれるリズムのドライブ感が素晴らしいですね。
アイリッシュのジグやリールもそうなのですが、こういうタイプの音楽はドライブ感がいちばん大事。全体のアンサンブルで生み出すグルーヴというのかな。早いスピードで演奏すれば良いという訳じゃない。
ヴォーカル担当のMéry Rebekaさんは、派手な節回しはせず抑えめに歌っていてグループの演奏にうまく溶け込んでいますね。
Tindiaメンバー
Apró Anna – koboz(リュート型の弦楽器)
Cseke Gyöngyvér – ヴァイオリン
Méry Rebeka – ヴォーカル
Szentimrey Panna – フルート
Szepesi Lilla – フルート
Vellner Balázs – パーカッション
雑談 - Hannibal Records
このブログをかくに当たって同じハンガリーのグループMuzsikásのアルバムを聴こうと思ったのですが、『Morning Star』みたいな有名なアルバムはストリーミングにないみたいですね。「棚を漁ってCDを探す」という作業を久しぶりにやりました。
ストリーミングにないのは、発売元の「Hannibal Records」というレーベルが活動休止になっているためのようです。
「Hannibal Records」はイギリスのプロデューサー、ジョー・ボイド(Joe Boyd)がはじめたレーベルで、フェアポート・コンヴェンションやリチャード・トンプソンのようなフォーク/トラッドアルバムをリリースしていたのですが、1980年代中ごろからワールド系のアルバムも取り扱うようになったようです。
ちなみにボイドが自分のレーベルを紹介する際に「ワールドミュージック」という言葉を使いはじめたという話もあるみたいです。
「ワールドミュージック」という言葉が広まったのは当時のレーベルオーナーや音楽ジャーナリストたちが使用したからというのは確かなので、ボイドがワールドミュージック黎明期の知名度アップに大きく寄与したというのはありえそうな話ではあります。
「Hannibal Records」は、Ivo PapasovやTrio Bulgarkaなどいわゆるワールドミュージックの名盤をたくさんリリースしていたレーベルなんですよね。
それが1990年代はじめに独立系レーベルのライコディスクに吸収され、そのライコディスクも2006年にワーナー・ミュージックに買収されて、直後にHannibal Recordsは閉鎖されています。
その結果として当時のカタログはストリーミングでは全く聴けない訳ですが、こういう亡くなったミュージシャンや無くなったレーベルの音源が後になって聴けなくなる可能性があるというのは、ストリーミングの大きなデメリットではありますね。