バウルの伝統をいまに受け継ぐ バピ・ダス・バウル

ベンガルの伝統的な民族音楽を代々演奏するバウル。そのチーフ・バウルの家系で8代目にあたるバピ・ダス・バウル(Bapi Das Baul)の新作『The River of Happy Souls』がリリースされてました。
※アルバムジャケットは本人ではありません

アルバムとしては『Sufi Baul – Madness & Happiness』(2009)以来のアルバムということでかなり久しぶりのアルバムリリースになります。

バウルはバングラデシュ(東ベンガル)地方の伝統的な歌い手のことで、音楽を生業とし、定住せず放浪の旅人として生きる人たちです。

ただバウルという存在は、なにをもってその人をバウルとするのか非常にあいまいで定義づけが難しいですね。
その存在(でありライフスタイル)は、独自の宗教観を持ち、ヒンドゥー教徒でもムスリムでもない宗教的なマイノリティである彼らの社会的な立場も反映しているだろうし、インドカースト的な話も関係する非常にナイーブな話になってきます。

そういう訳なので彼らの音楽を聴こうとした時に、「バウル」という存在と絡めて考えてもあまり意味がないかも。

彼らの音楽は基本的には大道芸的に報酬を得るためのもので、広場など人の集まる場所で、彼らを知らない不特定多数の徴収へ向けての音楽なので、観衆のこころをつかむためにエンターテイメント性の高い”ハデ”な演奏が多いですね。
また、ドールやトゥンビといったリズム楽器で演奏されるダンサブルなビートは長時間ずーっとリピートして演奏しつづけることも多いです。
歌というよりもかけ声のようなヴォーカルで聴衆をあおるところなども、ガザルのようなフォークソングというよりむしろヒップホップやクラブミュージックとかに近い音楽といえるかも。

バウル音楽は割とシンプルでワンパターンとも言えるのですけど、曲のレパートリーの多彩さとヴォーカルの歌いまわしでヴァリエーションを増やしていくような音楽ですね。

ナバニ、プルナ、そしてバピ

そんなバウルたちが演奏する音楽については、ワールドミュージック・民族音楽に興味のある人ならプルナ・ダス・バウル(Purna Das Baul)の名前は聞いたことがあるかもしれません。

プルナ・ダス・バウルはバウルの音楽をワールドワイドに広めた人と言ってもよく、ピーター・ガブリエルのRealworldレーベルからアルバム『Songs of Love&Ecstasy』をリリースしています。
バピ・ダス・バウルは彼の3人いる息子のひとりになります。『Songs of Love&Ecstasy』には若き日のバピも参加していて、(今回初めて気付いたのですが)アルバムジャケットにも映っていますね。

バウルの音楽は普段の演奏をそのままCDにパッケージすると冗長になることも多いのですが、このアルバムはうまくバウルのエッセンスを抽出していて素晴らしいですね。
プロデューサーはマイケル・ブルック。
マイケル・ブルックは後から変な加工をやりすぎちゃってアルバムを台無しにすることも多かった人なのですが、このアルバムではあまり余計なことはせず、うまくプロデュースしています。


『Songs of Love&Ecstasy』ジャケット

ちなみに、バピの祖父(プルナの父)であるナバニ・ダス・バウル(Nabani Das Baul)も伝説的なバウルとして知られ、ラビンドラナート・タゴールがバウル運動に深く関心を持ったきっかけを作り、タゴールの詩に多くの歌を書いた人だそうです。

バピは父親であるプルナがワールドワイドに有名になり活動の拠点をヨーロッパに移した1993年に、いっしょにコルカタからパリへ移住しています。
そこでバピは、Baul Bishwaという名前のトラディショナルなバウル音楽を演奏するグループと、Sensesといったクラブミュージック寄りのグループでの活動を並行で行なっていたようです。
彼は当時イギリスを中心に活動していた同じ南インド系のグループState of BengalやFun-da-mentalと共演したりもしていましたね。
バウルとクラブミュージックということで言えば、State of Bengalが同じベンガル出身のバウルであるパバン・ダス・バウル(Paban Das Baul)と共演アルバム『Tana Tani』をリリースするなどクラブミュージック側からもバウルに接近するような動きもあったようで、それだけバウル音楽とクラブミュージックが音楽的に共通項が多かったということなんだと思いますね。

The River of Happy Souls

今回のアルバム『The River of Happy Souls』は、Baul BishwaとMantrasenseという2つのユニットによって演奏された曲が混在している形となっています。
Baul Bishwaはトラディショナルなバウルを演奏するグループですが、2人のゲストミュージシャンが参加しています(クレジットがわからないけどおそらくギターとキーボード)
そのため割とエスニックフュージョンっぽい音になっているのですが、曲のバラエティがぐっと増えて飽きさせないですね。

もうひとつのMantrasenseというユニットはアルバムリリースとしては初めてで、おそらくかつてのSensesから発展したクラブミュージックっぽい打ち込みっぽいグループのようです。
かつてのState of BengalやFun-da-mentalなどは、クラブミュージックとインド要素という異質な要素を強引に組み合わせるところが押しの強さというかカッコ良さを生んでいたと思うのですけど、このMantrasenseはごくごく自然にバウル音楽とクラブミュージックを組み合わせていますね。

バウル音楽のドライブ感覚をキープしつつも、電子音できらびやかな装飾をほどこしておりカッコ良いです。
こういった音楽を90年代から今にいたるまで20年以上も続けているミュージシャンはバピ・ダス・バウル以外にいないわけで、さすがに手慣れているという感じですね。
Mantrasenseによる曲はアルバム中2曲のみなのですけど、次はMantrasenseのみの曲でまるまるアルバム1枚作って欲しいかも。