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Spotifyは悪の帝国で、Appleは白馬の騎士なのか?

以前、SpotifyやApple Musicなどのストリーミングサービスが、どのような計算方法でミュージシャンに報酬(ロイヤリティ)を支払っているかについてブログで書きました(こちら

今回はその続きです。

前回はおもにSpotifyを例にとって、基本的なロイヤリティの支払いルールについて説明したのですが、実際にはそのルールはサービスごとに細かく異なっています。

今回のブログでは、主にSpotifyとApple Musicの比較をしつつ、もう少し詳細なロイヤリティ支払いルールについて書いています。

本題に入る前に

具体的なロイヤリティ支払い方法について早く知りたい方は、ここのパートはスキップしてください。

先日、ニール・ヤングがSpotifyのポッドキャストの番組「ジョー・ローガン・エクスペリエンス」における新型コロナワクチンの取り上げ方に抗議して、自身の楽曲をSpotifyから削除させたことについて書きました(こちら

多くの人はニール・ヤングを擁護しているようですが、この話題の中でストリーミングサービスごとの支払いの差についての言及をちらほら見かけました。

例えばこのrockin’on の記事の最後にこういう記述があります(こちら

以下引用しますと

各ストリーミングが曲を1回ストリームしてアーティストに支払う金額と、$1000払われるまでのストリーム回数(全て推定)

Tidal 0.12ドル、8,333回
Apple Music 0.01ドル、100,000回
Amazon Music 0.004ドル、250,000回
Spotify 0.0033ドル、303,030回
YouTube Music 0.002ドル、500,000回

記事中ではこの数字が何を意味するかについて特にコメントはないのですが、つまりは「Spotifyのミュージシャンへの支払いが他のサービスに比べて極端に低い」と言いたいのだろうと思います。
実際に、この記事をアップしたSNSにはそういうコメントもたくさん書かれていました。

この「1ストリーム当たりの支払い額の比較」は、かなり以前からたびたび引用されてきましたが、はっきりいってミスリードだし本質的に意味がない数字です。

また、その指摘はweb記事などでもこれまで何度となくされてきたはずです。(なぜ無意味かはこの投稿のメインパートでも触れています)

それなのに、未だにこの1回ストリーム当たりの支払い額に対して「こりゃ、Spotifyはダメだわ」みたいなコメントが飛び交う状況は、さすがにどうにかした方が良いと思うのですけどね。
(それともイマドキこんな数字を持ち出すのはrockin’onだけで、たまたまそれを見かけちゃっただけ?)

Spotify vs Apple の仁義なき戦い

2021年の4月(というと結構最近の話)ですが、Spotifyは「Loud & Clear」というサイトを導入しました。

これは主にミュージシャン向けのサイトで、Spotifyがアーティストへ支払うロイヤリティ分配方法について、具体的な数字をあげながら事細かに説明しています。

Spotifyに代表されるストリーミングサービスについては、かねてから「CDやダウンロード販売に比べて稼げるロイヤリティは低い」という点がアーティストの間で不満として上がっていました。
Spotifyは、その不満はロイヤリティの支払い方法についてアーティスト側にうまく伝わっていないための誤解だと考え、その誤解を解くことを目的としてこのサイトを作ったと考えられています。

「Loud & Clear」の概要に関してはこちらの記事が詳しいです。

そしてSpotifyが「Loud & Clear」を発表したその直後の話なのですが、Apple MusicもSpotifyに対抗するような形でアーティスト、音楽レーベル、出版社に対して、ロイヤリティの支払い方式に関するレターを送付しました。

このレターはアーティスト向けで当初はメディアや一般ユーザーには送られなかったのですが、情報を入手したWall Street Journalが記事にしています(こちら

そしてこの記事に追随する形で、多くのメディアが「Apple Musicの1ストリーミングあたりの支払いはSpotifyの2倍」という見出しでニュースを配信したのです。

後になってこのレターは一部穏やかな表現に変えられて一般にも公開しています(こちら)が、この内容を読むと、トップシェアを持つSpotifyの存在を強く意識したものとなっています。

例えば「すべてのレーベルに一律52%の基準レートを支払います」という内容には、ミュージシャンごとに支払いのレートを変え、メジャーアーティストに高めのレートを設定している(つまりマイナーミュージシャンに不利に設定している)Spotifyへの当てつけとも取れる内容です。

また「再生回数あたりの平均レートは0.01米ドルです」という記載は、再生回数当たり0.0033ドルというSpotifyの数字に対して、Appleの優位性を打ち出そうとしていることは明白です。

要するにAppleが仕掛けたSpotifyへのネガキャンなのですよね。欧米では良くあるのかもしれないですが露骨だなとは思います。

そもそもAppleとSpotifyは、完全な競合会社ということもありあまり良い関係ではなかったようです。

Appleは自社のデジタルストア(App Store)での決済に対して30パーセント分を徴収しており、そのことが「暴利だ」と常々批判を浴びていました。
Spotifyは、このAppleの決済システムを通さずに料金を徴収しているのですが、そのためAppleから様々な「嫌がらせ」をされていると主張しています(詳しくはこちら

Appleの徴収料の高さに関する争いで最も激しかったのがEpic Gamesとのいわゆる「フォートナイト裁判」ですが、この時はSpotifyもEpic Gamesに賛同する姿勢を打ち出していました。

Appleは本当に「アーティストフレンドリー」なのか?

このような「どのサービスがアーティストへ多く支払いしているか?」つまり「どのサービスがアーティストフレンドリーか?」といった基準については、これまでの報道などを読む限り、Apple側が自社のアピール材料として利用してきたことが良くわかります。

そのことは自体は別に悪いことではないでしょう。アーティストに多く支払いをするサービスを使いたいと思うのは音楽リスナーとしてはある意味では当然です。
ただし、それが正確な情報であれば、です。

「1ストリーム当たりの支払い額」をサービスごとに比較することに意味がない理由は、いちばん大きな要因は無料会員の存在です。

特にSpotifyは他のサービスよりも多くの無料会員を抱えています。

(AppleやAmazonと違い)ストリーミングサービス単体の企業であるSpotifyは、まず多くの人に無料ユーザーになってもらい、その後に無料ユーザーを有料ユーザーへ勧誘する、というビジネスモデルを採用しているからです。

具体的な比較では、2021年第3四半期時点での月間アクティブユーザー数は3億8,100万人、有料会員数は1億7,200万人、Apple musicは会員数7000万~8000万人です。

無料会員も、広告料という形でSpotifyの収益に貢献していますが、月額の会員費ほどの収益は生んでいません。
Spotifyでは、この無料会員の存在がストリーミング数を押し上げている代わりに、「1ストリーム当たりの支払い額」の単価を下げているのです。

また一般的にはユーザー数が増えてストリーミング数が増えれば、ストリーミング単価が下がる傾向にあることも知られています。
1社単位で1ストリーム当たりの支払額の推移を見ると、SpotifyもAppleも、年々少しづつ支払い額単価を下げています。

この事実を「年々ストリーミング会社のカネ払いが悪くなっている」と判断するのは明らかに間違いでしょう。
むしろユーザー数が増えることで、ロイヤリティの支払い総額は年々増えているのが現実です。

どのサービスがアーティストへ多く支払いしているか?については、そのような不正確な数字ではなくて
「総収益に対してどのくらい割合でロイヤリティを支払っているか」
を比較すれば良いのです。

この点に関してAppleとSpotifyを比較すると、結論から言うとは両者はほぼ同じ割合でロイヤリティを支払っています。

ここで説明のために音楽の売り上げが誰にどれだけ分配されるかの表を載せます

Appleが公表したルールによれば、Appleはサブスクリプション総収入の52%をレーベル(④の部分)に支払うと言っています。

それに対してSpotifyは1ドルの収入の3分の2を権利者(②+③+④)に支払い、そのうちの75%から80%をレーベルに支払うと書簡で述べている。つまり50%〜53%をレーベル(④の部分)に支払う計算です。

これは両者はほぼ同じ数字と言って良いでしょう。

※国・地域ごとに著作権ルールも違いますし、Spotifyのようにレーベルの規模でルールを変えている場合もあるので複雑なのですが、概算としてはこのような値です。

オープン・アンド・クローズ

Appleはアーティストに対して「1ストリームあたりの計算で支払いをするわけではないよ」とレターで言っているのにもかかわらず、同じ書面に1ストリームあたりの支払額も載せていています。

これはまさにSpotifyが懸念したような、アーティストにミスリードを誘うような記述になっています。
(たぶんAppleはわざとやってるんじゃないかな)

ことアーティストへのロイヤリティの支払いに関しては、Spotifyの方がずっと情報をオープンにしていますね。

先ほどの記事(こちら)でも、Spotifyは「2020年には50億ドル以上支払っている」という記載がある一方で、Appleはこういうロイヤリティの総額に関してほとんど公開していないので、この総額の部分で両者を比較したweb記事はほとんど見つけられない状況です。
※Spotifyと比べると、Apple musicは会員数の発表も頻度が少なくかなり消極的です。先ほどAppleの会員数を7000万~8000万人と書いたのも2019年の古いデータからの推測値です。

現状ではSpotifyの事業規模の方が大きいので、ロイヤリティの支払いを総額を比べるとSpotifyの方が圧倒的に高額になることは明らかです。

Appleは自社の数字を「ショボい」と思われるのがイヤで公開していないのかもしれませんが。
そのためになおさら「1ストリーム当たりの支払い額」といったまやかしの数字で自社の優位性をアピールしようとしている気もします。

Spotifyが「多くのアーティストはストリーミングの支払いについて誤解している」と言っているのはまさにそのとおりで、その誤解はアーティストだけでなくリスナーにも広がっていると思うのですが、それは業界第2位であるAppleのこうした姿勢も大きく影響していると思うのですけどね。