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Spotifyとユニバーサルの”あまい契約”

このブログは音楽の感想がメインのはずなのですが、数本のSpotifyに関する投稿がPVの半分くらいを占めていてSEO的によろしくないとは思うのですけど、それでも今回もまたSpotify関連の話

この投稿にはSpotifyの再生数あたりの支払レートの話が出てきますが、この件については過去投稿の こちら を参照ください

さて先日、SNSでSpotifyとレコードレーベルに関するあるツイートを見つけました
(後半から音楽AIの話になるのですが、気になったのは前半部分)

投稿したのは、アゼルバイジャン系カナダ人で作家のコリー・ドクトロウ(Cory Doctorow)氏
SF小説などを書いている作家のようですが、日本語wikiもあるのでけっこう有名なのかも

このドクトロウ氏によるSpotifyとレコードレーベルに関する投稿は、(名のある作家の割には)ディテールに関しては推測や事実誤認も含んでいるのですが、なかなか興味深い指摘をしていると思います

ビッグ3とSpotifyの関係

まずこの話題をする前に背景情報として、

ユニバーサル・ワーナー・ソニーのいわゆるビッグ3といわれるレーベルは、Spotifyの楽曲の約7割の権利をもっています

そしてSpotifyは楽曲の使用で得た利益をまずはレーベルに支払われ、アーティストへはレーベルを介して支払われることになります

またビッグ3以外の中小レーベルの多くも、インディー系のライセンス管理を代行するMerlin社を通じてSpotify社からの分配金を受け取っています
(Tunecoreなど独立系の管理会社もありますが)

つまりSpotifyが売り上げを支払っているのは、ほぼビッグ3+Merlinに対してだと言っても良いのです。

ドクトロウ氏の主張

この前提をもとに、ドクトロウ氏は以下のような内容を主張しています

  • Spotifyはビッグ3に対して、毎月一定額のライセンス料を支払い、楽曲を使用させてもらっている
  • ビッグ3が受け取るライセンス料は、Spotifyが設定した低い支払いレートをもとに計算された分配金よりも高い。
  • 低い支払いレートはビッグ3にとっては好都合だ。アーティストへの支払いを安く抑えることができる。
  • 例えるなら、ビッグ3がSpotifyから3,000万ドル受け取ったとしても、ビッグ3は低いレートをもとに算出した1000万ドルしかアーティストに支払う必要はない
  • つまりビッグ3は所属アーティストに支払うよりもはるかに多くの収入をSpotifyから得ている
  • さらに悪いことに、そしてこの低いレートはビッグ3以外のアーティストにも適用されてしまっている
  • またビッグ3はSpotifyの大口株主でもあり、配当や含み益といった利益もSpotifyから得ている
  • ビッグ3がSpofityの株式により得た収益をアーティストに還元するかどうかは、ビッグ3が自由に決められる(おそらく支払われていない)

というわけです

この投稿にはこんな返信がついていました

“So I always thought Spotify was at fault, not paying artists, but no, it’s the big record labels, again.”

「アーティストが楽曲に対する正当な支払いを受けられないのはSpotifyが悪いんだといつも思っていた。でも違った。メジャーレーベルが諸悪の根源だったんだ、これまでと同じように」

Spotifyも悪人だが、自分たちの利益のためにSpotifyに譲歩したビッグ3はさらに極悪だ、ということです

またレーベルのせい

最初に書いたように、このドクトロウ氏の主張は妄想含みの推測も多いわけですが、具体的にどこが間違っているのか、実際にはビッグ3とSpotifyがどういう関係なのかについて書いてみようと思います

まず最初に、ドクトロウ氏の主張のいちばんのツッコミどころは「Spotifyはビッグ3に対して毎月一定額のライセンス料を支払っている」という点

そういう事実はオフィシャルにも公表されていなませんし、カタログ全体の7割を保有するビッグ3に対して、もし公表されている支払いレート(Spotify売り上げの7割)以上の金額をライセンス料として払えば、おそらく隠し通せないほど会計にズレが生じるはずです

ただ妄想含みとはいえ、問題意識としては良い点をついているな、とも思うのです

「そもそもなんでメジャーレーベルはSpotifyからの低いレート提案を受け入れたんだ?レーベル間で話し合って拒否すれば良かっただろう!」という疑問は昔から出ていたわけです

この疑問から行きつく推測は、つまりビッグ3が低いレートを受け入れるには何か「それなりの理由」があったんだろう、ということ
(今でこそSpotifyは巨大企業となり音楽リスナーの必須ツールとなっていますが、低い支払いレートを採用していたことはストリーミング黎明期から変わりません)

わたしの意見としては、「それなりの理由」というのはNapsterやパンドラなどの新しい視聴環境の存在、さらには違法ダウンロードの問題が大きかったと思うのですけど、他のも理由があると考えたとしても不思議な話ではありません。

ブラックシープ裁判

ここで話を変えて、2023年の11月に判決が出た「ブラックシープ裁判」について紹介を

ドクトロウ氏が投稿の中で行った主張は妄想に近いのですが、実は似たような異議申し立てはこれまでもあったことが、この裁判の申し立てからもわかります

ブラックシープは、1991年のアルバム『A Wolf in Sheep’s Clothing』をリリースし全米で50万枚以上を売り上げ、最もよく知られたシングルである「The Choice Is Yours」をビルボード・ホット100にチャートインさせたラップ・デュオで、ビッグ3の中でも最大規模のレーベルであるユニバーサルグループと契約をしていました

彼らはレーベルを相手に訴訟を起こしていたのだが、その主張は以下のようなものです

①ブラック・シープをはじめとするユニバーサルと契約しているアーティストには、2011年以降、スポティファイからのロイヤリティの50%が支払われるはずであった;

②ユニバーサルは2008年にストリーミング・サービスの株主資本(equity)を受ける代わりに、スポティファイから低いロイヤリティ・レートを受け入れることに裏で合意した(これを非公表のあまい契約(undisclosed sweetheart deal)と彼らは表現している)

結局この裁判は2023年に「契約が古すぎて時効だ」という結論がでており、訴えに関する事実認定はされなかったのですが、特に②の主張は注目に値します

つまり、ユニバーサルがSpotifyから株による利益を受ける見返りとしてSpotifyの低いロイヤリティレートを認めたという訴えです。

これはいったいどういうことなんだ?

あまい契約(Sweetheart Deal)

Spotifyがまだスタートアップだった頃から、ビッグ3(とMerlin)がSpotify株を保有していたことは公然の秘密でした

2024年時点で、ビッグ3各レーベルがそれぞれ5~8%、合わせてと15~20%近い株を保有しているだろうと言われています
経営には参画しなくても、ビッグ3はSpotifyの親会社といっても良いんじゃないかってくらいの割合です

Spotifyが米国市場で新規株式公開(IPO)したのは2018年ですが、実はこのIPO直後にMerlinは全ての株を売却、Sonyは約半数を、ワーナーは75%の株を売却しています。そしてその利益をアーティストに還元すると発表しました

ですが、Sonyもワーナーもその後にSpotify株を買い戻していますし、そして5%近くの株を保有していたユニバーサルにいたっては、現時点でもIPO以前の株を売却せずに全て保有しています

ここで重要な点は、そもそもビッグ3がSpotify株を持つこと自体おかしな話だということです

なぜならSpotifyとビッグ3は明らかに利益相反の関係にあるから

例えば、Spotifyとビッグ3の支払いレート交渉になった場合を考えてみましょう

もしビッグ3が不利なレートを受け入れた場合、自社の収益は下がります。当然、相手側のSpotifyの収益は上がります。ここまでは当たり前の話です。

ですがビッグ3は同時にSpotifyの株主でもあるため、不利なレート条件を受け入れて収益が下がったとしても、その結果Spotifyの利益があがれば、結果としてビッグ3は株主としての利益を得ることができるのです

そしてSpotify株主としての収益はあくまでビッグ3のものであって、アーティストに還元する必要は必ずしもないわけです

(上記リンクのように、SpotifyのIPO時にSpotify株を売ったSonyやワーナーはその利益をアーティストに還元したと発表しましたが、その分配比率・額などはブラックボックスです。また今後の株式収入に対しても継続的にアーティストに還元される保証もありません。IPO時のアーティストへの還元は、全く還元しないのはさすがに反発がくると考えた結果の「見せ金」だった可能性も指摘されています)

もちろんビッグ3としては、高いレートに合意して自社の収益を上げた方が、株主としての収益を上げるよりもずっとお得です
株主としての収益のためにわざと低いレートをSpotifyと取り交わしたとは考えづらいです

ですがSpotifyから低いレートを提示された時に、株主としての収益が増えるという事実が、ビッグ3に低いレートを受け入れさせる動機になったのではないか?とブラックシープは主張しているわけです

これは十分にありそうな話だとは思います

ちなみにユニバーサルのアメリカでの新規株式公開(IPO)はこれからだそうですが、こうした利益相反の関係であるSpotifyの株を持ち続けることは投資家にはウケが悪くなりそうなため、売却を迫られるかもしれないということです

ラスボスは誰だ

Spotifyは、CEOであるダニエル・エクのキャラクターもあいまってすっかりヴィランになっている感じで、少なくともお金の流れに関してはクリーンだと思いますよ(まあ散々非難されたからだとは思いますが)

ですが、それに対してビッグ3はというと、Spotifyから得た利益を自社に所属するアーティストにどう分配しているかは、これも全くのブラックボックスです

ユニバーサル幹部が「テイラーとドレイクは稼ぎ頭だから多めに払っとけ」と考えて実際に実行に移していたとしても、リスナーも他のミュージシャンも、それを確認する手段はありません

最初に書いたように、現在のストリーミングから支払われる分配金はほぼすべてレーベル経由でアーティストに渡されます

親会社レーベルの下に子会社レーベルと階層になってる場合も多く、ブラックボックス・イン・ブラックボックスです

Spotifyはアーティストの収入の話になるとすぐに批判の対象になっている気はしますし、アーティスト側も「Spotifyも少し叩かれりゃ支払いを増やしてくれるかも」くらいに思っているかもしれません

ですが、わたしなんかはそういう話を聞くと「そもそもアーティストは自分が所属してるレーベルのカネ払いがどうなってるのか分かってるの?」と訊いてみたい気にもなるんですけどね