ペトローナ・マルティネス『Ancestras』

今回は、コロンビアのカリブ海沿岸で生まれた音楽ブジェレンゲを代表する歌手であり、アフロ・コロンビアの生ける伝説の1人、ペトローナ・マルティネス(Petrona Martínez)の新作『Ancestras』について。

Transglobal World Music Chartの2021年11月版を見てリリースを知りました

ブジェレンゲというのはアフロ・コロンビアの伝統的な音楽スタイルですね。
コロンビアで演奏される曲とリズムといえばクンビアという名前をよく聞きますが、ブジェレンゲはその派生したジャンルという説明をされることもあります。
また別の説明では、クンビアやブジェレンゲは、ポロ、ガイタなどと同じようにコロンビアの各地方にそれぞれ伝わる個別のジャンルだという説も。
正直このあたりのジャンル分けは定義が難しくて、自分でもきちんと理解できていない感じですね。

同じコロンビアの歌手トト・ラ・モンポシーナも「クンビアやブジェレンゲを歌うシンガー」という紹介のされ方をされることもありますね。

ちなみに彼女たちふたりは、ペトローナ・マルティネスが1939年生まれ、モンポシーナが1940年生まれとほぼ同い年です。
ふたりとも、モンポシーナはリアルワールドレーベル、ペトローナはOcoraという、ワールドミュージックの世界のメジャーレーベルからそれぞれアルバムをリリースしたことで世界的に知られることになったという似たようなキャリアを辿っています。
また、2人とも50代を超えて、通常であればヴォーカリストとしてはキャリアの晩年を迎えるくらいの年齢で世界的に注目されたという点も似ています。

ブジェレンゲ・クンビアの特徴としては、(自分が聴いた印象としては)メロディー楽器はほぼ使われずパーカッションや手拍子主体の伴奏で、女性リード・ヴォーカルとコーラスとの掛け合いがメインで、コード感や曲の展開は乏しくゆっくりと徐々に曲調が変化していく、というところでしょうか。

今回リリースされたアルバム『Ancestras』は、Susana Baca、Angelique Kidjoといった世界的なビッグネームを筆頭に、Nidia Góngora、Aymée Nuviola、Xênia França、Flor de Toloacheなど、14人のアフリカ系女性とのコラボレーションが行われています。

『Ancestras』(=先祖代々の)というタイトルから分かるように、彼女が自分の両親から受け継いだアフロコロンビアンの伝統を、次の世代に受け継ぐことを強く意識した作品になっているようです。
彼女は『Ancestras』をリリースした時点ですでに82歳であり、2017年には心血管の合併症のためにしばらく引退していたこともあり、彼女のキャリアがほぼ終わりとなったことは本人も強く感じているのでしょうね。

今回のアルバムは、コミュニティの中で母から娘へ、具体的にはペトローナから彼女の娘であるホセリーナ・レレーナ・マルティネス(ペトローナのグループのセカンド・ヴォイスであり、作曲家や打楽器奏者でもある)へ、先祖代々の文化を受け継ぐという伝統を強く意識しているようです。

そのことを証明するように、このアルバムの冒頭は、彼女が50年以上におよぶキャリアの中で初めて作曲した曲の思い出についての証言で始まり、最後はアフロコロンビア・コミュニティのシンボルであブジェレンゲの未来についての考察で締めくくられています。

この『Ancestras』は多彩な女性ヴォーカリストを迎えて作られていますが、(娘のホセリーナ・レレーナ以外は)ブジェレンゲとは異なるジャンルのバックグラウンドを持つ歌手ばかりです。
コロンビア太平洋沿岸のリズム(ニディア・ゴンゴラ)、キューバのティンバ(アイミー・ヌビオラ)、マリアッチ文化(フロール・デ・トロアチェ)、アフロペルー(スザーナ・バカ)、アフロビート(アンジェリーク・キジョー)、さらにはジャズ(ブリアナ・トーマス)などなど

『Ancestras』はペトローナの輝かしいキャリアの終わりを迎えるに当たって、彼女に影響を受けた世界中の女性たちからペトローナへのオマージュを捧げた感動的な作品となっていますね。
ソロアルバムというよりむしろペトローナへのトリビュートアルバムと言った方が近いかも。

そういう訳で『Ancestras』は、Ocora盤の『Colombie: Le Bullerengue』(1998)の呪術的な雰囲気や『Bonito Que Canta』のエネルギッシュさといった、これまでのペトローナのアルバムで聴けたブジェレンゲの良さは薄めなのですけど、各ゲストごとのバラエティ豊かなアレンジが聴いてて楽しいアルバムではありますね。