ペンタトニックの壁を破るバリのガムラン音楽

今回もBandcampの記事がきっかけで聴くことになったアルバム(元記事はこちら

デワ・アリット&ガムラン・サルカット(Dewa Alit & Gamelan Salukat)のアルバム『Chasing the Phantom』です。ストリーミング配信は無し。Bandcampで試聴可です。

いや、それにしてもBandcampの記事はアルバムのセレクションがちょっとひねりが効いてて良いですね。いろんな音楽メディアがありますが、いろんなジャンルを扱ってくれるメディアでいちばん自分の好みにあうのがBandcampかも。

デワ・アリットは、従来のガムランとは違うチューニングを用いてインドネシアのガムランの新たな魅力を引き出したと評価される音楽家で、ガムラン・サルカットは、そのアリットが率いる25人から成るガムラン楽団。

デワ・アリットはインドネシア外での活動も多く、エヴァン・ジポリンによるオペラ『A House in Bali』の音楽担当や、Bang on a Can All-Starsとの共演など、主に現代クラシック系の分野でも注目されている作曲家のようです。
そのためこのアルバムも、Bandcampでは「コンテンポラリー・クラシカル」のカテゴリで選ばれていたようです。

デワ・アリットの名前は、実は前にも聞いたことあったのですよね。

ガムランのアルバムは、まとまったディスクガイドみたいなものがなく(どこかにあるのかな?)アルバム探しはネットに頼るしかなかったのですが、彼の名前は良くヒットしていました。ほとんどが2020年にリリースした『Genetic』についてでしたけど。

この前作『Genetic』は、グループとして初めてインドネシア国外向けにリリースしたアルバムで、Oren Ambarchi主宰のBLACK TRUFFLEレーベルから出されています。

Oren Ambarchiのリクエストなのかわかりませんが、前作『Genetic』はガムランの残響音強調したドローン/アンビエント作品としても聴けるような作品になっていましたね。

今年リリースされた『Chasing the Phantom』も同じBLACK TRUFFLEからのリリースなのですが、前作『Genetic』とはだいぶテイストが変わっていて、通常のガムラン音楽とはかなり雰囲気の違うアルバムですね。

どうも通常のガムランで使われるペロッグやスレンドロといったペンタトニック系(5音)の音階ではなく、それらを独自に組み合わせた7音の音階によって作られた曲を演奏しているそうです。7音と言ってもチャーチモードスケールとは違って、かなりアトーナルに聴こえます。

ガムランというと、ペロッグやスレンドロ音階による「これぞガムラン!」という押しの強さが聴きどころだと思うのですが、このアルバムはこの独特のスケールが生むあいまいさや浮遊感が魅力となっていますね。
良く聴くと低音部の動きなどもかなり複雑だったりして、「チル・アウト」して聴くガムランとは対極にある感じ。

『Genetic』と『Chasing the Phantom』、2枚を聴き比べてみると全く別の作品と言っても良いですね。
どっちかというと『Chasing the Phantom』の方が圧倒的に好きですが。

デワ・アリット(Dewa Alit)

ここでデワ・アリットさんのプロフィールを簡単に紹介。

バリ島ペンゴセカン村の芸術家一家に生まれたデワ・アリットは、幼い頃からバリ島のガムラン音楽に囲まれて育ちました。彼の父親と長兄がガムラン音楽のメンターとなったそうです。その後1988から1995年にかけて、国際的に著名なウブド村のガムラン・スマラ・ラティで演奏し、国際的なツアーを行っている。

ガムラン・スマラ・ラティはけっこう良く名前を聞くグループでもありますし、かなり著名なグループだったんじゃないかと思いますね。
そういう意味で、デワ・アリットさんは、ガムラン音楽がワールドワイドに認知されていく過程の中で、その中心にいた人物とも言えます。

その後、インドネシア舞台芸術アカデミーを卒業する前年の1997年に、彼の長兄でありガムラン演奏のメンターでもあったデワ・プトゥ・ブラタ(Dewa Putu Berata)率いるチュダマニ(Çudamani)で演奏活動をはじめます。

チュダマニは最高クラスのガムラングループと認められていたらしく、国際ツアーも行っていたようですね。
そしてチュダマニのアルバムはストリーミングで聴ける!

デワ・アリットさんはチュダマニの中でも中心人物として活動したようですし、彼のhttps://vitalrecords-gamelan.bandcamp.com/album/udamani7音階スケールを使ったガムラン曲は、この時期に彼が書いた器楽曲『Geregel』で初めて注目を浴び、当時は「現代のガムラン音楽にまったく新しい展望を開いた」と評価されたそうです。

この7音階スケールに関しては、Wayne Vitaleという方が「Balinese Kebyar Music Breaks the Five-Tone Barrier: New Composition for Seven-Tone Gamelan」という論文を書いたりしているそうです。

このWayne Vitaleさんという人はガムランアルバムを扱うVital Recordsというレーベルを運営しているようで、『Geregel』も収録されたチュダマニのアルバム『The Seven-Tone Gamelan Orchestra from the Village of Pengosekan, Bali』もリリースしています。

彼がこの7音スケールについての動画解説なんかもあり(『Geregel』はこの動画の5:16くらいから音源を聴くことができます)

その後、2007年に自身のガムラングループ「Gamelan Salukat」を結成し、独自のチューニングと新しいガムランセットを用いて、新しいガムラン音楽へのアプローチを模索し続けています。
自身のグループを率いてから海外のミュージシャンとの共演、ダンサーなど異ジャンルアーティストとのコラボ、海外の大学などでの講演・作曲指導などを頻繁に行っているようです。

追記

彼のグループ名の「サルカット」という言葉は、”salu “と “kat “という2つの単語の組み合わせです。
「salu」は家、集まる場所、心の安らぎを得る場所、「kat」は再生と輪廻を意味しているそうです。物事は常に変化し、古いもの、過ぎ去ったものは新しい形で再び戻ってくるという、アリットさんのガムランの伝統に対する姿勢を表した言葉だそうです。

彼が作るガムラン音楽が、「コンテンポラリー・クラシック」の注目すべき新作として扱われる状況に若干もやもやしないでもないですが、でもそういうことは「言っちゃいけない」んでしょうね。