ケン・バーンズはアメリカのドキュメンタリー監督で、彼と同じくドキュメンタリー監督のリン・ノヴィックさんがアメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイの生涯を取り上げた作品『ヘミングウェイ・ストーリーズ』をPBS(アメリカの公共のテレビネットワーク)で放送するそうです。
ケン・バーンズというと、静止画写真をパンとズームでゆっくりと動かすだけでなぜかドラマチックに見えてしまう「ケン・バーンズ・エフェクト」でその名前を知っている人は多いと思います。
また音楽リスナーにとっては『ジャズ』(2001)という作品が有名で、これは全10回のテレビ放送で、3000万人以上のアメリカ人が視聴したとか。
『ジャズ』は、その視聴者数の多さからアメリカでは良くも悪くもジャズの歴史を語るうえでメルクマールとなった重要作品で、その内容についても肯定・否定の意見が入り乱れた作品だったようです。
『ジャズ』は、ルイ・アームストロングやデューク・エリントンなど、モダンジャズ以前のエピソードが中心で、全10回のうちの9話までが1961年までの時代についてという構成で、観る人によっては「最近のミュージシャンがないがしろにされすぎ」と不満を持つ人もいたようです。
ウィントン・マルサリスが制作過程で深くかかわっていて、彼のもつジャズ歴史観が色濃く反映されているのですが、このドキュメンタリーへの批判はウィントン自身への批判とかなり似通っているような気もします。
(ただわたしはこの作品はフルで視聴したことないんですよね。DVDセットで3万円くらいしますし・・・)
なのですが、今日はその本編ではなくてサウンドトラックの話。
Spotifyでは聴けますね(Apple Musicでは聴けない?検索にヒットしないだけかも)
ヘミングウェイ・ストーリーズ
個人的には、作家としてのヘミングウェイにはあまり興味はないというのが正直なところです。中学か高校の時に何冊か読んだかも。「老人と海」と「誰がために鐘は鳴る」とか。まぁ内容もほとんど覚えていないですが。
わたしが持つヘミングウェイのイメージは、W・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』に出てくる若い時代のヘミングウェイが全てですね。このアルバムジャケットのような年配の写真はなにか違和感を感じますね。
で、このドキュメンタリーのサウンドトラックなのですが、ヘミングウェイが過ごしたスペイン、パリ、キューバ(ハバナ)といった異国フィーリングのエキゾチックな曲が並びます。
ただ現地のガチな伝統音楽という感じではなくて、当時のポピュラー音楽っぽくもあり、このあたりの曲調が「ヘミングウェイのフィルターと通した見た異国」という雰囲気が良く出ていますね。
このサウンドトラックですが、ハリウッド映画のようなオーソドックスなオーケストラ映画音楽ではなく、なかなか参加メンバーがなかなか興味深いです。
ギャン・ライリー(g)、シャニール・エズラ・ブルーメンクランツ(b,oud),マイケル・ニコラス(チェロ)といった最近のTzadikレーベルのアルバムに頻繁に呼ばれるミュージシャンが多数参加しています。
基本的にはこのメンバー人選は、ヴァイオリン奏者のジョニー・ガンデルズマンによるものらしいです。
彼は「ブルックリン・ライダー」という名前のクラシック系のストリング・カルテットの一員。
ガンデルズマンは、以前にもバーンズとノヴィックのドキュメンタリー「ベトナム戦争」の音楽を担当したことから、今回の「ヘミングウェイ・ストーリーズ」でも続けての起用となったようです。
チェロ奏者のマイケル・ニコラスは、ガンデルズマンと同じ「ブルックリン・ライダー」のメンバーですし、ギャン・ライリーはクラシック系ギタリストでありガンデルズマンとは旧知の間柄だとか。ギャン・ライリーの弾くクラシックギターはスパニッシュの雰囲気を良い感じに演出してくれています。
他にも、パーカッショニストのマティアス・クンズリなどの名前も。
クンズリは過去にBrooklyn Riderと共演があるのですが、かつてはTzadikレーベルのRashanimというグループにいたプレイヤー。
そのマティアス・クンズリつながりで(かつて同じRashanimに在籍していた)シャニール・エズラ・ブルーメンクランツも参加しています。
ブルーメンクランツはここでは主にウードを弾いているのですが、アラブっぽくなることなく、良いバランスで異国情緒を表現していますね。
サウンドトラックの常ではありますけど、アグレッシブな演奏は少なくひたすらドラマチックでエモーショナル。
こういうのばっかりいつも聴くのもどうかと思いますけど、たまに聴くとすごく新鮮。こういう非日常な音楽体験をできるという意味では、サントラというのは良いきっかけなのかも。
Brooklyn Rider とは何者なのか
このアルバムにも参加しているジョニー・ガンデルズマンとマイケル・ニコラスが参加している「ブルックリン・ライダー」は、名前をチラッと聞いたことがあったくらいなのですが、なかなか面白い活動をしているグループみたいですね。グループ名はちょっとダサいのだと思いますが。
彼らは、ベートーヴェンのような純クラシックからフィリップ・グラスのような現在音楽に加え、ジャズや民族音楽といったさまざまなジャンルのレバートリーを演奏するグループ。
簡単に例えると次世代のクロノス・カルテットのようなイメージ。
もしクロノス・カルテットがいなければ、彼らが受けている評価と賞賛は、ブルックリン・ライダーのものだったのかもしれないですね。
クロノス・カルテットはグループとしてはかなり長く続いて、まだまだ現役という感じですからね。ブルックリン・ライダーのメンバーは彼らを見て「早く引退してくれないかな」とか思っているのかも(想像ですが)
また、ジョニー・ガンデルズマンは、ヨー・ヨー・マが世界中の民族音楽系の演奏家を集めて結成したシルクロード・アンサンブルのメンバーでもあるみたいです。「ブルックリン・ライダー」はこのシルクロード・アンサンブルつながりで、イランのケマンチェ奏者ケイハン・カルホールと共演アルバムを作ったりも。
クロノス・カルテットとシルクロード・アンサンブル、どちらもミュージシャンの人選はすごく良いグループなんですよね。
伝統音楽の取り上げ方も巧みで「お、これ聴いたことない、新しい」という演奏も多い反面、「この音楽ってこういう感じじゃないんだけどなー」とワールド系の音楽好きにとっては逆に違和感を感じることも。
「ブルックリン・ライダー」の演奏もまさにそういう感じで、ジャズやカントリー/ブルーグラスミュージシャンとの共演したアルバムの方が聴きどころは多いかもしれないですね。
クレジット
1, El Torito – Gyan Riley
2. Flor De Mayo – Shanir Blumenkranz, Johnny Gandelsman, Mathias Kunzli, Michael Nicolas, Gyan Riley
3. After The Storm – David Cieri
4. La Plenitud – Shanir Blumenkranz, Jeremy De Jesus, Mathias Kunzli, Michael Nicolas, Gyan Riley
5. Un Gitanito En La Habana – Shanir Blumenkranz, Jeremy De Jesus, Johnny Gandelsman, Mathias Kunzli, Michael Nicolas, Gyan Riley
6. Villalta – David Cieri
7. The Garden of Eden – Shanir Blumenkranz, Mathias Kunzli, Michael Nicolas, Gyan Riley
8. Flor De La Noche Mirando A Las Estrellas – Shanir Blumenkranz, Johnny Gandelsman, Gyan Riley
9. La Despedida – Shanir Blumenkranz, Johnny Gandelsman, Gyan Riley