ダンスホールから戦場へ

通常、年末年始に仕事をするミュージシャンはあまりいないのですが、2023年の元旦にピアニストのジェイソン・モランが新作アルバムリリースしていました。

タイトルは『From the Dancehall to the Battlefield』

このアルバムは、20世紀初頭に活躍したヴァイオリン奏者/作曲家/バンドリーダーである、ジェイムズ・リース・ヨーロッパ(James Reese Europe/以下JREと略)へのオマージュを捧げた作品となっています。

JREは1881年アラバマで生まれ。フレデリック・ダグラスの孫であるジョセフ・ダグラスに師事し、バイオリニストとしてキャリアをスタートしました。ニューヨークへ移り住んだあと、クレフ・クラブという黒人音楽家の組合を作っています。
このクラブは、1912年に125人の黒人音楽家を集め黒人作曲家による音楽だけを演奏するコンサートを開催しています。

このコンサートは有名なベニー・グッドマンのコンサートの26年も前の話で、ブラックミュージックの歴史においてビッグバンともいえる画期的なできごとでした。
ガンサー・シュラーによれば、JREは「.白人の権威の砦を襲撃し、ニューヨークの文化エリートに初めて黒人音楽を認識させた」とのこと。

その後JREは、第一次世界大戦中とその直後ハーレム・ヘルファイターズとして知られる第369歩兵連隊の一員として戦い、連隊バンドを率いてフランス全土の戦場の最前線に音楽を届け、彼らの音楽は高い名声を得ることになりました。。
このエピソードから、このアルバムは「ダンスホールから戦場へ」というタイトルが付けられたようです。

モランは、これまでもセロニアス・モンクやファッツ・フォーラーといった過去の偉大なピアニストへ賛辞を捧げるプロジェクトを手掛けていて、この作品もそうした流れの中に位置づけられる作品だと言えそうです。
プロジェクトのきっかけとしては、2010年代なかごろにイギリスの「14-18 NOW」という団体のプロモーターであるジョン・カミングスに、ジェームス・リース・ヨーロッパの遺産を調べてみないかと持ちかけられたことから今日まで続く長年の研究へ乗り出したそうです。
(JREの調査の中で、たとえばランディ・ウェストンと彼の妻は、自宅にモランを呼び5時間もJREの功績について語ってくれたとか。このアルバムはJREとランディ・ウェストンの2人に捧げられていますね)

JREはどちらかというとクラシック的な(高度な)音楽理論を学んだ人のようですが(ジャズ黎明期には珍しくない話です)、当時演奏していた音楽は、シンコペーションの強調されたいわゆるラグタイムと呼ばれる軽快な音楽で、このアルバムでも(当時そのままの演奏ではないですが)当時の雰囲気を感じることができます。

モランによるJREの功績を掘り下げるプロジェクトの成果としてはこのアルバムが初めてというわけではなく、2018年ごろからケネディ・センターはバービコン・センターなどで公演を行っていますが、今回はそのプロジェクトの初のアルバムバージョンというかたちです。

演奏はモラン自身のトリオであるバンドワゴン(Jason Moran – Piano/Tarus Mateen – Bass/Nasheet Waits – Drums)を核として、このプロジェクトのためにホーン隊を招聘したかたち。

取り上げられている曲としては、JRE自身の曲に加えてJREと同時期に活躍したW.C.ハンディの曲、そしてモラン自身の曲、ジェリ・アレンの「Feed the Fire」、伝統的なスピリチュアル曲「Flee as a Bird to Your Mountain」とアルバート・アイラーの「Ghosts」などが演奏されています。

ラグタイムっぽい陽気な演奏に、ブラック・スピリチュアルのような重々しい曲が挟み込まれる点がJREの起伏のある人生を表しているのかも。

20世紀初頭のラグタイムへのオマージュとはいえ、かなり現代的なスピード感あふれる演奏(特にドラム)でまったく古臭さを感じさせませんね。

たとえば、もしウィントン・マルサリスが同じようなアルバムを作るなら、もっと当時の演奏を忠実に再現するんでしょうけどね。モランはあまりそういうつもりはなさそう。
モランは、
「ジャズは過去の演奏とのつながりが重要。そしれそれはスタンダードナンバーを延々と演奏することではない」
といったことをかつてコメントしていました。

ところでこのアルバムですが、モランの他のアルバム同様にストリーミング無し。
ほとんどの人はBandcampで購入して聴くことになります。

モランの配信に対するスタンスは明確に否定派で、配信はミュージシャンにとって「不公平」であり「自分の音楽を聴きたい人はお金を出してでも買ってくれる」という立場で、アルバムの値段を多くのミュージシャンの倍近い20ドルに設定していますね。

余談

このアルバムで1曲のみポーリーン・オリヴェロスの「Zena’s Circle」という曲が取り上げられていますね。
意外というか「ん?なんで?」とちょっと場違いに感じる選曲なのですが、モランはオリヴェロスの提唱する「ディープ・リスニング」の実践者でもあるようなので、そういった理由からなのかも。
オリヴェロスの「ディープ・リスニング」という概念についてはあまり詳しくないのですが、ミュージシャンとして音とどう向き合うかについての概念で、ステージ上で瞑想したりするそうでちょっとスピリチュアルな雰囲気もありますね

Jason Moran – Piano and voice
Tarus Mateen – Bass
Nasheet Waits – Drums
Logan Richardson – Alto Saxophone
Brian Settles – Tenor Saxophone
Darryl Harper – Clarinet
David Adewumi – Trumpet
Reginald Cyntje – Trombone
Chris Bates – Trombone
Jose Davila – Tuba, Helicon.