ジャズとアラブ音楽の理想的な共演 ジョセフ・タワドロス『Hope In An Empty City』

カイロで生まれ、3歳からシドニーに住んでいるというウード奏者のジョセフ・タワドロス(Joseph Tawadros)
彼の新作アルバム『Hope In An Empty City』がリリースされました。ストリーミング配信あり。

昨年2020年にリリースされたアルバムは『Live at Sydney Opera House』というタイトルのとおり、シドニーのオペラハウスでのライブ録音盤という意欲作でした。
この場合のオーケストラ演奏はクラシックのシンフォニーみたいな感じではなくて、ウム・クルスームのようなゴージャスなストリングスをバックにした演奏で、(今ではもう演奏されることのなくなった)往年のアラブ音楽が聴けたようで貴重なアルバムでした。

今作はというと、彼のもうひとつの一面であるジャズミュージシャンとの共作アルバムです。
エスニック・ジャズ、アラブ・ジャズと呼んでも良いかもしれません。彼はこれまでも何度か同じようなアルバムを作っていますね。

彼がこの路線でリリースした主なこれまアルバムをいくつか紹介すると

『The Hour of Separation』
ジョン・アバークロンビー(ギター)、ジョン・パティトゥッチ(ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラム)と共演し、ドイツのEnjaレーベルからリリースされたアルバムです。
このアルバムは明らかにレーベル側から請われて制作されているようで、あまりタワドロス本人の要望で集められたメンバーではなさそうですね。
ECMレーベルのAnouar Brahemとか、当時はああいう感じの若干ニューエイジっぽいジャズと民族音楽のフュージョンは割とたくさんありましたし、このタワドロスのアルバムもレーベル側のディレクションで作られたアルバムのようです。
パティトゥッチ、ディジョネットという人選も、いかにもアルバム限定のセッションという感じです。

『Chameleons Of The White Shadows』
ベラ・フレック(バンジョー)、リチャード・ボナ(ベース)、ジョーイ・デフランセスコ(オルガン)、ロイ・エアーズ(ヴィブラフォン)らと共演したアルバム。
オーストラリアで制作されており、このアルバムはタワドロス自身が共演したいミュージシャンを選んだんでしょうね。音楽的な相性などは度外視で、タワドロスが好きなミュージシャンを集めただけとも思える、脈絡のない人選ですね。

『Permission to Evaporate』
クリスチャン・マクブライド(ベース)やマイク・スターン(ギター)と共演したアルバム。
このふたりをジャズ以外のアルバムで聴く機会はほとんどないので、そういう意味では貴重なアルバムかも。
いつもと違うアラブ音楽との共演なのですが、たまにジャズフレーズをゴリ押ししたりと、慣れていなくてやりづらそうな条件での演奏が予想外な展開を生んで逆にスリリングでもありました。
リズムは、リクなどが担当していてしっかりアラブっぽさをキープすることで、とっちらかった演奏にならずに緊張感を保てているように思います。

『Hope In An Empty City』

これまでもジャズ系ミュージシャンと共演してきたタワドロスですが、今回はこれまでとは全く違うメンバーを集めてきました。参加メンバーはこちら

ライス・シディクというヴァイオリニストは、最近までバークリーで学んでいた若いミュージシャンのようですね。
その他は有名どころのジャズミュージシャンを起用しているのですが、今回はアラブだったりエスニック系の音楽に強そうなミュージシャンを集めてきたな、という印象。

ギターのデヴィッド・フュージンスキーというとジャズファンクというイメージが強いかもしれませんが、ハシディック・ニュー・ウェイブのメンバーでもあり、サックス奏者のルドレシュ・マハンサッパやルーファス・カッパドキアとの共演などけっこうエスニック音楽に精通しているギタリストですね。
今回はフレットレスギターを使ってアラブ音楽の微分音を表現するという技をみせてくれています。

ドラムのダン・ワイスは自身もタブラ奏者であり、インド音楽をベースに変拍子を使ったいわゆるジャズのバックビートとは違った曲での演奏も多いです。

スコット・コリーはこの中では最もオーセンティックなジャズ奏者ですけど、ブラッド・シェピックと長くトリオを組んでいて、バルカンや東欧の音楽を演奏したアルバムも多くリリースしていたりと、こういうエスニックな演奏も得意そう。

こういったメンバーを揃えた結果、『Hope In An Empty City』というアルバムは、ふたつのジャンルが理想的に混ざり合った素晴らしい作品になっていますね。ジャズとして聴けばジャズ、アラブ音楽として聴けばアラブ音楽といもいえるのですが、そういったアルバムはかなりレアです。
そういった面でいちばん貢献しているのはベースのスコット・コリーかも。ジャズとも、もちろんアラブ音楽とも違う印象的なベースラインを弾いてくれていました。

Personnel

Joseph Tawadros(oud)
Layth Sidiq (violin)
David Fiuczynski (fretless guitar)
Dan Weiss (drums)
Scott Colley (double bass)