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Amirtha Kidambi & Lea Bertucci『End of Softness』レビュー

インド系でフリー/即興を得意とするヴォーカリストで、メアリー・ハルヴォーソンのグループ「Code Girl」のメンバーでもあるアミルサ・キダンビ(Amirtha Kidambi)と、NYで活動するノイズ/アンビエント音楽で知られるサウンドアーティストのリー・ベルトゥッチ(Lea Bertucci)によるデュオアルバム『End of Softness』の紹介。
(2020年リリースということでけっこう前のアルバムなのですけど、最近知ったアルバムなのでそこはごカンベンを)

このアルバムはBandCampでの配信に加えて、250本のみカセットテープでリリースという何か深いこだわりを感じさせるリリースですね。ですが一部ストリーミングでも聴けます(Apple musicは有り、でもSpotifyは無し)

このふたりのデュオは前作アルバム『Phase Eclipse』(2019年)からスタートしていて、今回の『End of Softness』は2枚目のアルバムということになります。
基本的には、キダンビの即興のヴォイス・パフォーマンスをオープンリールのテープに録音し、その声を素材にベルトゥッチがカットアップ、リバーブやディレイなどのエフェクトといったテクニックを駆使して音響作品に仕上げるという手法を取っています。
『End of Softness』は前作『Phase Eclipse』のセッションやライブパフォーマンスから断片を取り出して使っているということで、基本的にはこの2枚は連続したひとまとまりのアルバムと考えて良いのかも。

ちなみに、このアルバムのことを最近になって知ったのはApple Musicのレコメンドに上がってきたからだと思います。
「タイショーン・ソーリーと一緒にレコード店で買い物する」という動画があり(→これ)、その中でソーリーがルチアーノ・ベリオの『Visage』(1961)紹介していのを聴いていたせいじゃないかと。

このベリオの「Visage」も声と電子音を組み合わせているのですが、女性の苦悶する声が印象的で一度聴いたら忘れないインパクト大のアルバムです。

その後、巻上公一さんやマイク・パットンといった例のようにヴォーカルパフォーマンスと電子音エフェクトを組み合わせる手法はちらほら見かけるようになりますけど、1961年という昔にすでにこういうアヴァンギャルドな音楽が作られていたというのは驚きですね。

こういう音楽はヴォーカリストに高いクオリティがないと音楽として成り立たないような気はしますけど、ここでのキダンビも長尺の曲の中で自身の声を自在に操り、身のよじれるような「不安」や「苦悩」といった負のオーラをアルバム全編にわたって表現しているようで、素晴らしいですね。

アルバム全体がシリアスで不穏なムードに満ちみちたアルバムで、聴いててハッピーになれる音楽ではないですね。
このアルバムについてのレビューで
「このアルバムを聴くと、最寄りの金融機関の窓ガラスを割ってしまいたくなる」
というレビューを読んだのですが、なかなかうまい例えだと思いますね。
既存の体制とか秩序とかに対する言いようのない衝動を表現しているアルバム、とも言えますし、誤解を恐れずに言えば「パンク」なアルバムと言っても良いのかも。

ぜんぜん関係ないですけど、この窓ガラスの例えを聞いて
「ワーグナーを聴くとポーランドに侵攻したくなるんだよ」
というウディ・アレンのが映画の中で言うジョークを思い出しましたよ。(「アニーホール」だったかな)