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John Oswald / サンプリング時代に現れた「略奪の音楽」

みんなPlunderphonicsの意味を知らない

John Oswaldの音楽はポピュラー音楽の歴史を語る上で、とりわけサンプリング文化と著作権を語る際に避けては通れないミュージシャンです。
1989年に発表した『69 Plunderphonics 96』というアルバムが過去のアーティストの曲を使用しているということで、著作権侵害を理由に回収される騒動があったんですね。

ジャケットをクリックしたリンク先で視聴もできます

https://www.allmusic.com/

この『69 Plunderphonics 96』というアルバムは、その歴史的意義もそうですけど、単純に「聴いてて最高」という面もある訳です。
このアルバムと後にリリースされる『Plexure』は、むしろカットアップ手法を使って音楽的な高みに到達したアルバムとして記憶されるべきだと思いますね。

Plunderphonicsとは何だったのか?

『69 Plunderphonics 96』ではエルビス、マドンナ、マイケル・ジャクソンなど、誰でも知ってる音楽をサンプリングし再構築しています。
既存の曲を数秒単位でブツ切りにし組み合わせることで、曲のピッチからテンポから雰囲気までがめまぐるしく変化させていく手法ですね。良くテレビのザッピングに例えられますけど、まさにその通りで言い得て妙だと思います。

John Oswaldが『69 Plunderphonics 96』でやろうとしていたことは、
「リスナーの頭の中にある音楽が、加工され別の姿を鮮やかに表現する」
という事なのだろうと思います。
例えば美しいバッハのピアノ曲を、レコードを2倍速で再生するだけでちょっとユーモアを感じる笑える曲になる、みたいなことですね。

そういう狙いがあったことはあえてエルビス、マドンナ、マイケル・ジャクソンなどの超メジャーアーティストを選んでいた事からも明らかです。
あくまで音楽の主体はサンプリング元の音楽であり、加工前の曲がどういう音なのかリスナーがちゃんと判る事が必要と考えていたはずです。
ある意味、彼の音楽は原曲への批評でありパロディ、広い意味でのアートだったということ。

サンプリング文化とは相容れないOswald

たまにOswaldの音楽が「ヒップホップやブレイクビーツで今日行われるサンプリングのさきがけ」みたいな言われ方をたまにするのですが、それはちょっと違うような気がします。全くコンセプトというか考え方のベクトルが違うと思います。

いま現在いたるところで行われているサンプリングは、つまるところ「出来上がりのかっこよさ」が目的なんですよね。必要であれば原曲を極端に作り変える事だって平気でやってしまいます。

この動画はThe Prodigy の「Smack My Bitch Up」を元ネタからAbleton Liveというソフトで作る過程です。もうほとんど原曲のフィーリングをとどめていませんよね。

サンプリングで作った曲は誰のもの?

サンプリングによって出来上がった音楽が誰のものかについても、おそらくOswaldは「自分のモノ」とは考えていなかったんじゃないでしょうかね。
だから彼は『69 Plunderphonics 96』のアルバムで印税などを受け取っていません。

それに比べて今のミュージシャンは、サンプリングはもうすでに作曲の一部であり、出来上がった作品は自分の所有物と思っている節もあるみたいですけど。

例えばこのTEDの動画

「サンプリングによって作られるラップやポップスについて、その音楽の正当性に関する議論が起こったが、彼らの理論は的外れだ。」

「なぜならダムは決壊してしまって、私達はすでにポストサンプリング時代にいる。」

「私達は好きな音楽を手に取り、それを加工する。理屈じゃなくそういうものなんだ」

これは議論があると思いますけど、ここまではっきり「サンプリングしても出来た音楽は自分たちのもの」みたいな言われ方をすると「さすがにそりゃないでしょ」とツッコミ入れたくなりますよね。

Plunderphonics的な文脈で語られるアーティスト

Plunderphonicsという言葉はOswaldのようなサンプリングベースの音楽制作スタイルを指す言葉として使われることもあります。カットアップされてつなぎ合わされる音のフィーリングが近いとPlunderphonicsアーティストと言われることもあるみたいです。
例えば、

The Avalances「Since I left you」

Pogo 「Alice」

とかね。

ただこういう曲も、サンプリングということが共通しているだけで、そのコンセプトOswaldの音楽とは全く違うんじゃないかと。

Plunderphonics的な活動をしているミュージシャンといえば、例えばターンテーブル奏者のクリスチャン・マークレイとかになるのかも

アルバム『Plexure』

Oswaldがやろうとしていた音楽は『69 Plunderphonics 96』のようなスタイルだったと思うのですが、著作権問題の影響かもしれませんが『Plexure』は原曲もほぼわからないほど細かく切り刻まれています。

そのため既存の曲が作り変えられるユーモアみたいなのは希薄ですが、そのぶん高速カットアップによるドライブ感などが倍増されて別の魅力がありますね。

私は#私を構成する9枚で『Plexure』を選んだのですけど、人によっては『69 Plunderphonics 96』の方が好みの人も多そうですね。
それにしても、この『Plexure』がSpotifyで聴けるというのは意外で素直にうれしいです。

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