サラ・セルパ:アンゴラ反植民地革命への賛歌

2020年5月25日にミネアポリス近郊で起こった警察官の拘束方法によって死亡したジョージ・フロイドさんの事件に抗議して、全米を揺るがすデモが続いていますが、そんな中にこのアルバムがリリースされたことは象徴的かもしれません。

サラ・セルパはポルトガル出身で、現在はミューヨークで活躍するヴォーカリスト。
彼女は女性ジャズミュージシャンの権利向上を訴える活動「We Have Voice Collective」に参加するなど、社会活動家としても注目されてきました。

このブログで取り上げたアルバムでは、Tzadikからリリースされた仁科彩さんのソロアルバム『Flora』に参加していました。

『Flora』について以前書いたブログはこちら

彼女のアルバム『Recognition』は、ベーシストのリンダ・メイ・ハン・オー(彼女も「We Have Voice Collective」のメンバー)らが運営するBiophilia Recordsからリリースされた、彼女自身が制作に関わったドキュメンタリー映画のために書かれた音楽です。

Sara Serpa 『Recognition』

Personnel
Zeena Parkins(Harp)
David Virelles(Piano)
Mark Turner (Tenor Saxophone)
Sara Serpa(Voice)

ブルーノ・ソアレスが監督し、1時間に及ぶドキュメンタリー映画として編集されたこの作品は、アンゴラのポルトガルからの独立運動を題材にしており、10年前にセルパの祖父がアンゴラで撮影したフィルム映像が使われているようです。

ポルトガル植民地時代のアンゴラが、(主に南米)などへの黒人奴隷の一大供給地となっていたという事実は、Black LIves Matter運動とも直接かかわる歴史的に重要なできごとですね。

『Song for Che ( チェ・ゲバラへの賛歌)』

第二次大戦後のアンゴラ独立運動といってもあまり馴染みがない話題かもしれませんが、チャーリー・ヘイデンのエピソードは有名かもしれません。

1971年にオーネット・コールマン・カルテットの行ったリスボンでのコンサートで、チャーリー・ヘイデンはモザンビーク・アンゴラ・ギニアなどの半植民地闘争にささげて”Song for Che”を演奏したことから、翌日リスボン空港でファシスト政府に拘束されたという出来事がありました。コールマンやアメリカ文化庁などの抗議で解放されたのですが、ヘイデンは後にこのことについてFBIの尋問も受けたそうです。

このドキュメンタリーのために作曲されたというセルパの音楽は、いわゆるジャズ・コンボ的な印象はまったくなく、ベースもドラムもいません。
ですが、ピアノのDavid Virellesの控えめで繊細なバッキング、マーク・ターナーの物語性のあるサックス、ハープのジーナ・パーキンズの独特の空気感など、それぞれいつものジャズアルバムとは違う印象的なプレイを披露しています。

ただしあくまで主役はセルパのヴォーカルで、セルパ以外のミュージシャンの音は必要最小限に抑えられていますね。
パートによってはセルパのソロ・ヴォーカルアルバムであるかのような印象すらあります。

『Recognition』のミニマルな音作りは、このアルバムがドキュメンタリー用の音楽だからという理由ももちろんありますが、セルパの前作「Close Up」からの傾向でもありますね。
個人的には「Close Up」がセルパのベスト作だと思います。共演はErik Friedlanderのチェロ、Ingrid Laubrockのサックスのみ。

楽器ごとのアンサンブルというよりも、セルパのヴォーカルと他の楽器がまるで会話しているようにお互いの音を交換していくタイプの、かなり特徴的なアレンジです。

『Recognition』は、アルバムを覆う雰囲気も内省的で気軽に聴ける音楽では全くないのですけど、このタイミングでリリースされたことが運命的に感じる、まさに「いま」聴くべき作品なのだと思います。