ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラ(JLCO)に20年以上も在籍し、ウィントン・マルサリスから「リトル・ブラザー」と呼ばれるベーシスト、カルロス・ヘンリケス(Carlos Henriquez)の新作『The South Bronx Story』がリリースされました。
『The South Bronx Story』というタイトルからもわかるように、このアルバムはサウスブルックリンでニューヨリカン(プエルトリコ系)として育ったヘンリケス自身の記憶を音楽で辿る、自伝的な内容でもあります。
サウスブロンクスは、マチート、カチャオ、ティト・プエンテ、エディ・パルミエリ、セリア・クルスといった伝説のミュージシャンを排出した土地であり、このアルバムではそういった先人達の遺産を受け継いだ伝統的なラテンジャズにヘンリケス自身のアレンジを加えて演奏していますね。
収録されている曲にはサウスブロンクスにちなんだテーマがあり、たとえば次のような内容です
ロバート・モーゼスが建設し、ブロンクスの中心部を貫き空前の渋滞を引き起こしただけでなく北部と南部の間に社会的な格差を生み出した6車線のクロス・ブロンクス高速道路について書かれた「Moses on the cross」
映画『Do the Right Thing』のシーンでも描かれていたような、道路脇の消火栓の水しぶきの下で、兄弟で遊んだ幸せな思い出を描いた「Hydrants Of Love」
プエルトリコ系のサウスブロンクスのギャングであり、1971年当時にブロンクスとハーレムのギャングの間の停戦を仲介しようとして殺されたコーネル・ベンジャミンへの賛歌「Black Benji」
ヒップホップ黎明期の重要人物で、サウスブロンクス出身でもあるアフリカ・バンバータへのオマージュ「Hip Hop Con Clave」
※この曲でヘンリケスはエレクトリック・ベースを弾いているのですが、お披露目ライブで「エレクトリックを弾いていることはウィントンには内緒だ」と言ったとか。
コミュニティグループやドラッグ療養施設などを創立した社会活動家のロレイン・モンテネグロへ捧げられた美しいボレロ「Momma Lorraine」
ブロンクス生まれのトランペッター・コンガ奏者であるジェリー・ゴンザレスに敬意を表し、彼のグループ名をタイトルにした「Fort Apache」
※ヘンリケスは15歳の時にジェリー・ゴンザレス&フォート・アパッチバンドと共演しているようです。
このような、彼の幼い頃からの体験やサウス・ブロンクスの社会史に基づく曲が収録されています。
ジャズといえばラテンでしょ
カルロス・ヘンリケスはこれまでに2枚のアルバムをリリースしています。
1枚目はラテンジャズを演奏したソロアルバム『The Bronx Pyramid』(2015)、その次はアフロキューバンのリズムを自身の音楽に取り入れたD・ガレスピーに捧げたライブ盤『Dizzy Con Clave』(2018)。今回は3枚目のアルバムになります。
個人的には、今回の『The South Bronx Story』はこれまでの彼の作品の中でいちばん好きかも。
メンバー的にも今作は1stアルバム『The Bronx Pyramid』の延長線上にあると思うのですが、ラテン/ジャズの伝統的なスタイルで演奏され、若干ノスタルジックな雰囲気もあり、おとなしめのアルバムとも言える『The Bronx Pyramid』と比べて、今作はゴージャスで情熱的。
このアルバムを聴いている時の高揚感は、本国アメリカのジャズがずっと昔に失ってしまった「音楽を聴く喜び」に満ちあふれていると思うんですけどね。『Moses on the Cross』で聴かれるようなグルーヴィーにベースが曲を引っぱる曲も最高ですね。
ウィントン・マルサリスは2010年にキューバに訪れ、後に『Live In Cuba』(2015)としてリリースされるコンサートを行ったり、サルサのスターであるルーベン・ブラデスと共演アルバム『Una Noche con Rubén Blades』(2018)をリリースしたり、けっこうラテンアルバムは作っていますね。
これらのアルバムではヘンリケスが全てアレンジを書いていたそうです。
グラミー賞にはラテン・ジャズ部門が単独で存在していたりして、日本で思うよりラテンジャズは本国アメリカでは人気なのかも。
ウィントンも彼に全幅の信頼を置いているようで、ラテンジャズ以外にもJLCOのために約80曲を編曲しさまざまなコンサートやレコーディングのプロデューサーや音楽監督を務めているとか。
JLCO自体、日本での評価はかなりイマイチな気はしますが、わたしは大好き。そんないまのJLCOにおいてヘンリケスの存在は欠かせないということですね。
『The South Bronx Story』はライブとスタジオの両方で録音しており、2021年の後半にライブ盤もリリースされる予定のようです。
『The South Bronx Story』Personnel
Carlos Henriquez(bass)
Terell Stafford (trumpet)
Michael Rodriguez (trumpet)
Marshall Gilkes (trombon)
Abdias Armenteros (sax)
Marcos Torres (conga)
Jeremy Bosch (flute)
Robert Rodriguez (piano)
Obed Calvaire (drums)