Moor Mother『The Great Bailout』

ムーア・マザー(Moor Mother)ことCamae Ayewaは、フィラデルフィアのフリージャズグループIrreversible Entanglements(IEと略します)のヴォーカル/ポエトリーリーディングを担当するフロントパーソンであり、今回は彼女の9枚目のソロアルバム『The Great Bailout』の紹介

ムーア・マザーはIEで注目されたイメージがあったのですが、IEよりも先の2016年に1stアルバムをリリースしていて、もう9枚もアルバムをリリースしたことになるのですね。
ソロアルバムだけでも1年で1枚以上というハイペースだし、IEの活動やDJ Haramとの700 Blissでの活動など、なかなかのワーカホリックぶりですね

このアルバムはアルバムを通した明確なテーマがあって、それはイギリスの奴隷貿易について
特に1835年の奴隷制度廃止法の下で、奴隷という「財産」を失った4万6千人の英国人奴隷所有者をなだめるために、(奴隷の人々やその子孫を含む)イギリス国民の税金から、現代に換算して170億ポンドが支払われた、という出来事を題材にしています。

これはイギリス財務省の年間収入の40%に相当する貸付金で、この時に補償金を受け取った奴隷主には、元イギリス首相のデイビッド・キャメロンなども含まれます。

あまりに莫大な額のため、2015年になってやっと完済されたそうです。
この莫大なローンは、当然のことながら解放された奴隷には渡らず、子孫にいたるまで逆に税金という形で支払いをし続ける必要があったわけです。

またこの話が話題になったのは、イギリス財務省がローンが完済された数年後の2018年2月にSNSでつぶやいた投稿が炎上したから。
それがこちら

「今日の驚くべき#FridayFactです。何百万人もの皆さんが税金を通じて奴隷貿易を終わらせる手助けをしたのです」

このローンがイギリスにおける奴隷制度を終わらせる重要な要因となったことは確かですが、まるで国民の税金を使った奴隷主への莫大な貸し付けを自画自賛するかのような投稿は、当然のごとく批判を浴びすぐさま削除されました。

アメリカが奴隷解放をする際にも同様の議論が行われたそうですが、アメリカではこのような制度は実施されずに南北戦争へと突入していくことになります。

(イギリスの財務省がそう考えたように)このローンは本当に誇るべきことなのか?1ポンドたりと金銭は受け取れず、逆に税金
とリスナーは問いかけられているのです。

『The Great Bailout』

奴隷制というアルバムのテーマは置いておいて(置いてちゃダメかもしれないけど)、このアルバムは彼女のこれまでのアルバムの中では一番好みかもしれないですね

圧の強い主張をポエトリーリーディングに乗せる彼女のイメージからすると、ラップ/ヒップホップっぽいトラックを使っているイメージを勝手に持っていたのですけど、改めて過去作を聴いてみると実はそんなことないのですよね
全体的にビート感薄めで、インダストリアル・ノイズっぽい音だったりソウルっぽい音だったり、アルバムごと曲ごとにかなりスタイルを変えてきています。
まるで特定のジャンルに似てしまうことを拒否しているようでもあります。

前作『Jazz Code』はタイトル通りジャズをモチーフにしたアルバムだったのですが、これなんかはかなり普段の音作りと違うチャレンジングなアルバムだったんじゃないかと思います。
ただこの『Jazz Code』は「このブログでも取り上げなくては」と思ったのですが、どうにもピンと来ないアルバムだったのですけどね。

その点『The Great Bailout』は、音作りの点ではわたし好みの音にはなっています

『Fetish Bones』や『Circuit City』といったアルバムの延長線上にあるのかもしれませんが、今回は電子音はより抑えめで、マトモスのように実際の音をサンプリングして使っていることも多いです

そういったサンプリング音やカイル・キッドによるブルースなどが挟まれることで、さりげなく過去の奴隷制をイメージさせる効果をだしており、そうしたエディットの緻密さが巧みさがすばらしいアルバムですね