ヴィジェイ・アイヤー『Uneasy』レビュー

ピアニスト、ヴィジェイ・アイヤーの新作アルバム『Uneasy』が2021年4月9日にECMレーベルからリリースされました。

発表されてからリリース日を心待ちにするアルバムというのはそんなに多くないのですが、このアルバムはまさにそういう1枚。

デュオ演奏やゲスト出演のようなイレギュラーではない自分名義のアルバムとしてはけっこう久しぶりのリリースで、『Far From Over』(2017)以来と言って良いかも。ピアノトリオでのアルバムとしては『Break Stuff』(2015)以来になります。
特に『Far From Over』は、個人的に2010年代のアルバムベスト10(オールジャンルのベストですよ)に選んだくらい大好きな作品だったので、この『Uneasy』も期待大だったんですよね。

このアルバムはピアノトリオ作品で、メンバーは
Vijay Iyer(piano)
Linda May Han Oh(bass)
Tyshawn Sorey(drums)

ヴィジェイ・アイヤーは、タイショーン・ソーリーとはもう20年以上も共演していますが、リンダ・オーとの組み合わせというのは珍しいですね。アルバムとしては今回が初の共演になります。
このトリオでは2019年くらいからライブでは共演していたようですが、これまで動画などでもぜんぜん聴くことができなかったトリオなのでかなりなおさら期待が膨らみますね。

アイヤーがリンダ・オーのことを初めて知ったのは「アンブローズ・アキンムシーレが教えてくれたんだ」とインタビューで発言していましたが、共演の具体的なきっかけはバンフ国際ジャズ&クリエイティブ・ミュージック・ワークショップだそうです。

バンフはカナダのバンフ国立公園内にあるリゾート地で、ここにBanff Centre for Arts and Creativityという教育機関があり、ダンスや舞台、音楽などイベントやワークショップを開催しているようです。
アイヤーとソーリーはこの機関の「Jazz and Creative Music」というカテゴリで、アーティスティック・ディレクターを務めているようです。

このバンフで毎年行われるワークショップに、たびたびリンダ・オーを招いていたそうです。
バンフ・センターの公式サイトにはリンダ・オーの姿は見れないのですが、バンフでのコンサートはこんな感じ

ヴォーカルのJen ShyuやチェロのOkkyung Leeなどが招かれており、この辺りの人選はマイノリティミュージシャンのための活動団体We Have Voiceにつながりという理由もありそう。
(リンダ・オーも、このWe Have Voiceのメンバーです。アイヤーと同じくハーバードで教えている南インド打楽器奏者のRadja SwamynathanもWe Have Voiceメンバーということもあり、アイヤーとWe Have Voiceメンバーの共演はかなり多いようです)

2019年の夏にバンフで学生のためのコンサート演奏を行う際に、アイヤーは突如閃いてソーリーに「リンダと3人で演奏しないか?」と提案したそうです。そのコンサートは実現し、演奏が終わった後にアイヤーはふたりに「一緒にアルバムを作らないか?」と持ちかけ、それがこの『Uneasy』というアルバムの形となってリリースされた、と。

マッコイ・タイナー、ジェリ・アレン

このアルバムは、ほぼすべてアイヤーが書いた曲を演奏しているようですが、アイヤー作曲じゃないのは2曲。

1曲はスタンダードの『Night and Day』これは2020年に新型コロナで亡くなったマッコイ・タイナーをイメージして演奏したそうです。具体的にはジョー・ヘンダーソンのアルバム『Inner Urge』(1965)だとか。

「私はマッコイ・タイナーがヘンダーソンのハーモニックな迷路をナビゲートする方法が大好きでした。私は何十年もの間、タイナーの流動性、ハードなグルーヴ、深いソノリティを研究してきました。2020年に彼が亡くなったことを受けて、再び彼の遺産の証としてこの曲をレコーディングをできたことを嬉しく思っています」

そしてもう1曲はジェリ・アレンの『Drummer’s Song』アイヤーは以前よりジェリ・アレンの素晴らしさについていろんなところで発言していますね。
インタビューで、今回のアルバムでアレンの曲を取り上げたことについて聞かれたアイヤーは、アレンとのエピソードを語っていました。

アレンがあるライブの後に家まで送ってくれた時の話です。
わたしの家を見てバンドのリハーサル用の部屋があることを知った彼女は「ドラムセットをプレゼントする」と言ったんです。
ドラムは高価な楽器だし本気にしていなかったのですが、彼女に会うたびに「いつになったらドラムを取りに来るの?」と言われていました。最後にはついにレンタカーを借りてニュージャージー州にあるアレンの家に行き、彼女に手伝ってもらって、美しいロジャースのドラムキットを車に積み込んだんです。
彼女にはそういうところがあります。。なんの飾り気もなしにただ「あなたにはこれが必要だ」とだけ言うのです。「あなた自分の家でセッションができるようにしなければ」と。これは彼女がどんな人間だったかを示すほんの一端にすぎません。

『Uneasy』

ここで演奏されている曲の多くは、多くの曲は現代の不平等と、蔓延している混乱・騒動・格差の緊急性といった社会問題について扱っているようです。
『Uneasy』というタイトルや、はるか遠くに点のように見える自由の女神を映したアルバムジャケットも象徴的です(これは韓国の写真家Woong Chul Anによるモノクロ写真)

先行シングルで、アルバムのオープニング・トラックでもある曲は『Children of Flint』というタイトルで、これは2014年に起こったミシガン州フリント市で起きた水道水問題について書かれています。

この問題は2014年にフリント市で起こった水道水による健康被害のこと。
それまでフリント市はヒューロン湖を水源とするデトロイト市から水道水を引いていたのですが、経費削減のために近くのフリント川に水源を変更し、このことで数百万ドルの経費削減が期待していたそうです。
ですがフリント川の水は塩素類などを多く含み腐食性が高く、腐食した水道管から鉛が水に溶けだして市内に供給されるようになったため、健康被害の報告が多くの住民から上がった、といういまなお続く大きな問題です。
フリントの住民の多くは黒人であり、経済難がマイノリティに大きな不利益をもたらしたという意味で象徴的な事件でもあります。

アイヤーはこの曲について
「私は社会活動家とは言えないかもしれないが、もしこの曲を聴いてこの問題に目を向けるなら https://www.cfgf.org/ に寄付をしてほしい。私もそうしているし他の人にも勧めている。私はこの曲でこの問題を支援するように人々を励ましたいんだ」とコメントしています。

その他にも、2014年(オバマ政権のころ)にブラック・ライヴズ・マターの活動家と連帯して作曲された「Combat Breathing」なども収録されています。

こういったシリアスなテーマを扱ったアルバムでもあり、演奏全体の雰囲気は重苦しい感じ。
(このダークな雰囲気を演出するのに、リンダ・メイ・ハン・オーのベースが重要な役割を果たしている気がします)
休日の午後にBGMとして聴くタイプの音楽じゃないのかもしれません。

ただその重苦しいトーンの先に(空を覆う雲が晴れ光が差し込むように)晴れやかな曲調になる瞬間が用意されていることも多く、アメリカ社会に対するアイヤーの希望、というか彼なりの楽観主義のようなものも聴き取れて、感動的でもありますね。

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