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『ザ・ラスト・リペア・ショップ』

先日アカデミー賞の発表があって、日本の作品では「ゴジラ-1.0」や「「君たちはどう生きるか」の受賞が話題になっていましたが、自分が気になったのは短編ドキュメンタリー部門を受賞した『The Last Repair Shop』という作品

監督はベン・プラウドフットと クリス・バワーズの2人で、ロサンゼルス統一学区(LAUSD)の生徒のために、無料で楽器の修理をする 4 人の職人の姿をとらえた物語です

ゲイである自身の経験を語る弦楽器担当、苦労した今の職を得たメキシコ移民でブラス担当のシングルマザー、アルメニア紛争から逃れてきたピアノ調律師、かつてカントリー・バンドとしてエルビスのツアー前座として世界をまわった男性

様々な経歴を持つ職人たちのインタビューと、この工房に修理を依頼した子どもたちのインタビューで構成されています

ほぼ30分程度のドキュメンタリーで、日本ではDisney+で見れるのですが、YouTubeでもオフィシャルに公開されています

今のYouTubeの自動翻訳はかなり精度が高いのでこちらで問題なく観れます
正式な翻訳は文字数制限からかなり内容を端折ることもあるので、この自動翻訳の方がむしろ内容的には正確かもしれません

that one instrument… could change their whole life
(ひとつの楽器が、人生を変えるかも)

このフレーズは映画中に何度か出てくるのですが、この映画で語られるのは、このフレーズに象徴されるような音楽によって人生を救われた人たちの物語

このドキュメンタリーはLAタイムズが制作しているのですが、誌面上でこの映画について「この楽器修理プログラムとそこへ働くひとたちの姿を通した、ロサンゼルスへのラブレターだ」とも書いてありました

いや、ほんとに感動的な物語なんですよね

頭では「音楽に携わってるだけでそんなに人生上手くいく?」と言いたくなるところが、気持ちでは出演している人たちの姿を見ていると応援したくなります
(こういう映画を見て感動できる自分に少しほっとします)

最後に出演者みんなで「The Alumni」という曲を演奏するシーンは最高のクライマックスですね
そしてこの曲を作曲したのは、このドキュメンタリーを監督したピアニスト・作曲家のクリス・バワーズ(Kris Bowers)です

バワーズはロサンゼルス出身であり、彼が学校で弾いていたピアノは、このドキュメンタリーに出てくるピアノ担当のスティーブ・バグマニャンが調律したという縁があるようです

クリス・バワーズ

クリス・バワーズは、2011年のセロニアス・モンク・コンペティションで優勝し、ジャズ・アルバムをリリースしたキャリアを持つピアニストで前から名前は知っていたのですが、近年は映画音楽の仕事がメインになっていますね

映画音楽家として最も有名な仕事としては、60年代に活躍したクラシック・ジャズピアニストのドン・シャーリーのアメリカ南部をまわるツアーと運転手との交流を描いた映画「グリーンブック」の映画音楽を担当したことだと思います
映画だけでなく、Disney+で配信されたマーベルの「Secret Invation」など、連続ドラマシリーズの音楽を担当することも多いみたい

バワーズは、このドキュメンタリーの前にも「A Concerto Is a Conversation」という10分程度のドキュメンタリーの監督を務めているのですが、こちらはバワーズの祖父に焦点をあて、孫であるバワーズとの対話を通してアメリカ社会の中で生き抜く祖父の姿を捉えた作品となっています

『The Last Repair Shop』の中でも、バワーズは「映画音楽家になりたかった」ということを発言しているようで、もともとジャズ一筋の人ではなかったようです(ジュリアード音楽院に進んでますし)

モンク・コンペ優勝者はアルバムリリースの権利が与えられるのですが、この権利を使って『Blue in Green』というジャズアルバムをレコーディングしたきり、オーソドックスなジャズアルバムは作らなくなってしまいました。

それにしてもモンク・コンペティションのピアノ部門の優勝者は、他の楽器と違ってジャズ以外の音楽を指向する人も多いような印象ですね

ティグラン・ハマシアンもアルメニアに戻り、およそジャズとは言えないようなアルバムを作っていますし
エリック・ルイスもポップ寄りの音楽をやっているし
トム・オレンはイスラエルに帰っちゃってるし

これはやはりピアノという楽器が最もジャンルにとらわれない楽器だからなのかもしれません