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イジャ・ハディジャ『Jaipongan Music Of West Java & Reworks』

今年の初頭に、イジャ・ハディジャ(Idjah Hadidjah)というインドネシアの歌手がSNSで話題になっていました。今日は彼女のアルバムの話題

イジャ・ハディジャは、インドネシアの西ジャワで生まれて1980年代に流行したジャイポンガンというジャンルを代表する歌手です。

話題になっていた理由のひとつは、2020年の3月に彼女の過去のアルバムをコンパイルした『Jaipongan Music Of West Java & Reworks』というアルバムがリリースされたことではないかと思います。

残念なことにサブスクでは1枚目しか聴けないのですが、2枚目はBandCampで試聴できます

また話題になったもうひとつの理由としては、ジャイポンガンというジャンルを語るうえで最も重要なキーパーソンともいえる、作曲家で振付師のググム・グンビラ(1945-2020)が今年2020年に亡くなったこともあるようです。

ジャイポンガンとググム・グンビラ

ジャイポンガンという音楽ジャンルは今ではインドネシア以外の国では忘れ去られつつありますが、1987年にリリースされたイジャ・ハディジャとググム・グンビラのジュガラ楽団による「Tonggeret」というアルバムは、ジャイポンガンというジャンルを語るうえで欠かせない名盤であり、当時アメリカを含む海外で広く聴かれたようです。

当時はインドネシアのミュージシャンが世界へ向けてアルバムをリリースすることはまれだったのですが、この「Tonggeret」に関しては、ルアカ・バップレーベルの社長であるYale Evelevが、当時このアルバムをカセットで聴いて気に入り、Nonesuch Recordsにかけあってリリースさせてもらったという経緯があるようです。

ジャイポンガンという音楽ジャンルの歴史は比較的新しく、ガムランのように古くから伝わる伝統的なスタイルという訳ではないです。

1961年、インドネシアのスカルノ大統領(デヴィ夫人の夫)は、西洋の思想、テーマ、価値観、道徳が国内に浸透し始めたことを理由に、主にロックンロールのジャンルを中心とした西洋音楽を禁止しました。スカルノは”過去の音楽の伝統に戻り、復活させる”ことを国民に求めたのです。

これを聞いた作曲家で振付師のググム・グンビラはみずから新しいジャンルを作り出しました。インドネシア農村地帯の収穫の儀式音楽(クトゥティル:Ketuk Tilu)を現代風にアレンジたのです。
グンビラのアレンジは、クトゥティルに伝統的なガムラン楽団を加えたところが大きな特徴。
ただし移動の利便性も考えてゴングの数は厳選して、逆にパーカッションの数は増やして厚みを増し、ロックンロールのようなスピード感を出しています。
ゆったりしたテンポで情感的なヴォーカルのバックに、倍以上のテンポで複雑にガムランゴングとパーカッションが絡み合うところが魅力ですね。
グンビラは、バンドゥンに自らJugalaスタジオと名付けたスタジオを設立し、ハウスバンドを雇いJugalaオーケストラと名付けました。

この『Jaipongan Music Of West Java & Reworks』のCM動画で、当時のJugalaスタジオの貴重なレコーディング風景が見られます。

当初、グンビラは自らの音楽を「バージョンアップ(プルクンバンガン)」という言葉を付けて、「クトゥティル・プルクンバンガン」と呼んでいたのですが、クトゥティル作曲家からのクレームを受けて、「ジャイポンガン」と名称を変更しました。ジャイポンガンという名前はパーカッションの音の擬音語ですね。自分の音楽を聴いた観客が、パーカッションパートを「ジャイポンガン」と発音していたことから命名したそうです。

イジャ・ハディジャは、スンダの影絵人形劇(ワヤン・クリッ)のプロの歌手だったのですが、80年代初頭にググム・グンビラに声をかけられ、彼のグループであるジュガラ・オーケストラと一緒に歌わないかと誘われました。
ハディジャとグンビラのコラボレーションは10年以上続き、彼女は瞬く間に最も愛されているジャイポンガン歌手の一人となりました。

つまりジャイポンガンはググム・グンビラというひとりの音楽家が作り上げた音楽ジャンルで、ジャイポンガンといえばググム・グンビラであり、ググム・グンビラといえばジャイポンガンなのです。
ここまでひとつの音楽ジャンルをひとりの音楽家が作り上げるということはなかなかないことだと思いますね。ボサノヴァのトム・ジョビンですら成し得なかったことだと。

またジャイポンガンはぴったりとした服や官能的な流し目などに代表されるような、エロティックなダンスの要素もクトゥティルから受け継いでいます。
そのダンスは男性を誘う売春婦の表現であり、イスラム的な価値観を規範とするインドネシアではかなり刺激的だったようで、そういった面もジャイポンガンが人気だった理由だとのこと。

こういったジャイポンガンのエロティックな部分について、政府が不道徳だと考えて弾圧しようとする試みが散発的に行われることになります。
政府が西洋音楽を禁止したことによって生まれたジャイポンガンもまた政府から弾圧を受けるというのは皮肉と言えば皮肉。

1980年代半ば以降、音楽エンタメとしてのジャイポンガンの重要性は薄れましたが、女性やカップル、ソロなどのステージダンスとしての人気はいまだ高いです。YouTubeでジャイポンガンで検索すると若い女性が「ジャイポンガンダンスを踊ってみた」みたいな動画がたくさんヒットします。手をひらひらと振るダンスはキュートでもありエロティックですし、なんとなくK-Popダンスの人気に通じるところもあるのでしょうね。

『Jaipongan Music Of West Java & Reworks』

2020年に突如リリースされた『Jaipongan Music Of West Java & Reworks』というアルバムですが2枚組。
1枚目が1980年代のイジャ・ハディジャとジュガラオーケストラによるジャイポンガン。2枚目は「&Reworks」とあるようにイジャ・ハディジャの音楽をサンプリングしたリミックス音源を収録しています。
このアルバムをリリースしたのはUKのHIVE MINDというレーベルで、こういうクラブカルチャー的な面からジャイポンガンを”発掘”してきたようです。
アルバム2枚目のリミックスもジャイポンガンの、言ってみればヒプノティックでトランシーな部分をクローズアップしたような音になっています。

ただまぁこういう均一なリズムはジャイポンガンの魅力を半減させているようにも思いますし、こう言ってはなんですが、正直「1枚目だけで良いな」と思っちゃいますね。