ヴィジェイ・アイヤー・トリオ『Compassion』

ピアニストのヴィジェイ・アイヤーが、ドラムのタイショーン・ソーリー、ベースのリンダ・メイ・ハン・オーを迎えたトリオで『Compassion』をECMレーベルからリリースしました。

このメンバーとしては、2021年の『Uneasy』に続く2作目となる作品になります。

アルバム『Compassion』の話の前に少しアイヤー自身の話題を

ちょうどこの『Compassion』がリリースされた翌週に、2024年(第66回)のグラミー賞の授賞式が控えていて、アイヤーは『Love in Exile』がBest Alternative Jazz Albumにノミネートされていましたね。
惜しくも受賞は逃してしまったようです。(『Love in Exile』がオルタナティブ・ジャズかというとかなり疑問ですが、、)

受賞を逃したとはいえ、動画などを見るとアイヤーたちも授賞式をエンジョイしている感じでしたね。
メジャー部門はともかくグラミーのジャズ部門は「受賞したらラッキー」くらいなノリだと思うし、 久しぶりに会うミュージシャン同士が旧交を温めていたり会場は和気あいあいとしていて良い雰囲気ですから。

また、最近のアイヤーはというと、Xの投稿を見るとパレスチナ関連の発信がほとんどですね。
ハーヴァード大学の学長がパレスチナ問題へのスタンスをめぐって解任されるといった出来事もあり、(ハーヴァードの中では)パレスチナ問題が大きなイシューとなっているみたいです。

そういえばグラミー賞の授賞式でもあまりパレスチナ問題は話題にならなかった気はしますね。

昨年に亡くなった(ちなみにムスリムでもあった)シンニード・オコナーへのトリビュートプログラムでアニー・レノックスが「Nothing compare 2 U」を歌ったのですが、そこで停戦を呼び掛けるスピーチをしたくらい。

ただ、全体を通しては思いのほかパレスチナ問題への言及は少なかった印象です。これもイベントを通して歴史的にユダヤ系の影響力が強い音楽業界への配慮なのか?(ハリウッドスターが資本を入れている中国国内の人権問題に関して口が重いのと一緒なのかも)

『Compassion』

このトリオの結成の経緯などについては、前作『Uneasy』の投稿に書いたので省略

『Compassion』は、一言でいうと、「美しい」アルバム。
あまりジャズでは使われない誉め言葉かもしれませんが。

前作『Uneasy』は現代社会の不安や怖れを表現したアルバムで、今作『Compassion』も、南アフリカの活動家デズモンド・ツツ元主教へ捧げた「Arch」など社会問題をテーマにした曲もあるようです。

『Compassion』を聴くと、「アートとは物事を鮮やかに表現すること」というフレーズが思い起こされます。
ピアノ、ベース、ドラムの音でありながら、「別の何か」を表現している。
(クラシックであれば、たとえば「春の訪れとその喜び」だったりするのかもしれません)

その「別の何か」とは、前作では「現代社会の不安」だったのでしょうが、今作ではもっと晴れやかな、ポジティブなことを表現しているような気がします。
気が沈むような社会の中にあっての、ほのかな希望や明るい兆しを表現しているのかも。
そんな印象を受けるアルバムですね。

こういうのってジャズ演奏ではあまりないのかもしれません(クラシック的というのかな。ECM的とも言えるのかも)
たとえばキース・ジャレットの演奏にはあんまりそういう要素はないですよね。ピアノの音はあくまでピアノの音。
ブラッド・メルドーのアルバムなどは多少近いところはあるかもしれません。

このトリオのメンバーならどんな演奏でも、もっとハードなジャズを演奏することも簡単でしょうけど、オーとソーリーの2人も、アイヤーのピアノに突っかかることもなく、アイヤーの世界をよどみなくサポートしている感じですね。

このアルバムは非常に「美しい」アルバムなのだけど、同じメンバーで、もし次のアルバムがあるなら(あるよね?)もう少し違うテイストのアルバムも聴いてみたい気はします

余談

そういえば、スティーヴィー・ワンダーの “Overjoyed”(これはチック・コリアのカヴァーへのオマージュらしい)とか入ってるの、なんなんでしょうね。割と浮いてるような気も。
マンフレッド・アイヒャーに「地味だから有名な曲を1曲くらい入れとこうか」と言われたとか?

あと、前作『Uneasy』でもカヴァーしてたジェリ・アレンの “Drummer’s Song”を本作でも再び取り上げていましたね。これはアイヤーのジェリ・アレンという存在への思い入れを感じることができますね。

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