Pi Recordings – 21世紀の最重要ジャズレーベル

先日、ジャズライター、ネイト・チネン氏の著書『Playing Changes: Jazz for the New Century』の中で、131枚のアルバムを選んでいて(こちら)、そのうちのサブスクで聴けるぶんのプレイリストを紹介しました。

このリストを眺めていて気になったのは、どのレーベルのアルバムが多いのかということ。カウントしてみましたよ。

レーベル別 – ネイト・チネン著『Playing Changes』の131枚

レーベルランキング(4枚以上)
Blue Note 15枚
ECM 15枚
Pi Rec. 9枚
Sunnyside 6枚
Verve 4枚
Palmetto 4枚
Ropeadope 4枚

Blue NoteとECMはレーベルの規模が大きくてカタログの枚数も多いので、当然セレクションに選ばれる枚数も多くなるのだと思います。
ここで特筆すべきは、新興で事業規模の小さいレーベルながら9枚も選ばれているPi Recordingsじゃないでしょうか。

Pi Recordingsからアルバムをリリースしているミュージシャンというと、ヘンリー・スレッギル、ヴィジェイ・アイヤー、ルドレシュ・マハンサッパ、スティーブ・レーマン、ダン・ワイス、ジェン・シュー(Jen Shyu)、タイショーン・ソーリーなど
Spotifyのプレイリストを見た人は、このミュージシャンたちがリストに含まれていないことに気づいたと思います。
Pi Recordingsは基本サブスクNGのレーベルですね。

Pi Recordings所属のミュージシャンは、これまでのブログ投稿で好きなミュージシャンとして取り上げてきた人がほとんどで、なんというか自分自身の好みにかなり近いレーベルだな、とは思います。

2001年 Pi Recordings設立

Pi Recordingsは2001年にセス・ロスナー(Seth Rosner)という方が立ち上げたジャズレーベル(翌年にYulun Wangという方が経営に参加)
ロスナーさんはもともととニッティング・ファクトリーで働いていた音楽を学んだ方のようです。
レーベルを立ち上げようとする際に、ニッティング・ファクトリー時代の人脈から、最初はヘンリー・スレッギルのアルバムを録音することになったそうです。
当初からスレッギルの他にロスコー・ミッチェルやArt Ensemble of Chicagoのようなフリー系のミュージシャンを扱うレーベルだったよう。

ヴィジェイ・アイヤーやタイショーン・ソーリーは今では現在のジャズシーンを代表する存在と言って良いと思いますけど、そういったミュージシャンたちがPi Recordingsからアルバムをリリースしてきたのは偶然ではないようです。
アルトサックスのマハンサッパはPi Recordingsでのレコーディングをはじめた当初は「自分たちがいまプレイしている音楽なんて、Pi以外のレーベルは見向きもしなかった」そうです。
ミュージシャン自身が演奏したい音楽がリスナーに受け入れられるとは限らず、ミュージシャン側に主導権を渡しすぎるのもレーベル側としてはギャンブルだったと思いますが、ロスナー氏の審美眼のおかげか、彼の人脈の広さか、はたまたラッキーだったのか、結果的にはリリース作は高い評価を得ることになりました。

たとえばヴィジェイ・アイヤーがマイク・ラッドのスポークンワードと共演した『In What Language?』など、かなりチャレンジングなアルバムをリリースしてきたり。
ヘンリー・スレッギルが『In For A Penny, In For A Pound』で、ジャズミュージシャンとして3人目のピューリツァー賞を受賞したことも、Pi Recordingsという環境がなければ成し得なかったのかも。
このアルバムも、自分のタイム感覚がおかしくなるようなひねった作曲と演奏で聴いててクセになります。

Anna Webber『Clockwise』

Pi Recordingsの2019年リリースで評価が高かったのはサックス/フルート奏者アンナ・ウェバーの『Clockwise』ですね。
いろんなメディアの2019年ベスト10に選ばれていました。(Free Jazz Collectiveとか NPRとか)

Anna Webber (tenor saxophone and various flutes)
Jeremy Viner (tenor saxophone and clarinet)
Jacob Garchik (trombone)
Christopher Hoffman (cello)
Chris Tordini (bass)
Ches Smith (drums vibes, and timpani)
Matt Mitchell (piano)

ヘンリー・スレッギルと長く共演してきたクリストファー・ホフマンを筆頭に、クリス・トルディーニ、マット・ミッチェルなどレーベルと関わりの深いミュージシャンが多く参加しています。
こういう同じレーベルメイト同士の共演が多いのも、Pi Recordingsの特徴かも。たとえばヘンリー・スレッギルのアルバムに参加しているギタリスト、リバティ・エルマンなどはいたるところで参加していますし。
アットホームというかファミリー・ビジネス的な雰囲気もありますね。

ウェバー本人は、ジョン・ケージ、シュトックハウゼン、ミルトン・バビットなど、現代音楽の作家にインスパイアされた活動をしているのですけど、こういう商業ベースにのらないタイプのアルバムを出すのもこのアルバムの特徴なんでしょうね。

2016年にリリースされたタイショーン・ソーリー『The Inner Spectrum of Variables』などはもう完全にクラシックライクなアルバムで、それがレーベルカラーになりつつあるのかもしれないですけど、ウェバーのアルバムはまだ各プレイヤーのソロを聴くジャズ的な楽しみ方もできる感じですね。