Sélébéyone『Xaybu』レビュー

Sélébéyoneは、サックス奏者スティーブ・レーマン(Steve Lehman)と、フランス人サックス奏者マシエク・ラセール(Maciek Lasserre)、フランス在住のセネガル人ラッパーのGaston Bandimicと、HPrizm(Anti-Pop Consortiumのオリジナル・メンバー、High Priestとして知られる)を中心としたヒップホップ・プロジェクト。

彼らは2016年に1stアルバム『Sélébéyone』をリリースしており、今回リリースされた『Xaybu』は2枚目にあたります。

『Xaybu』では、メインメンバーに加えて、レーマンと共演歴が長くまたロバート・グラスパーとの共演でも知られる、ダミアン・リードがドラマーとして参加しています。

ジャズ&ヒップホップ

ジャズとヒップホップの組み合わせじたいは目新しいわけではなく、数十年前からいろんな形で試みられていました。

このSélébéyoneというプロジェクトも、レーマンとHPrizmの長い交流と共演関係がベースとなって生まれてきたものです。
もともとレーマンが(HPrizmが参加した)Antipop Consortium 『Antipop Vs. Matthew Shipp』 (2003)を聴いて感銘を受け、HPrizmにコンタクトを取ったことから2人の関係はじまったそうです。
(「What Am I?」のアカペラ・バージョンにレーマンがバックトラックを付けた曲を、共通の知人を通じてHPrizmに送ったそうです)

ちなみにこの2003年という時期は、レーマンが使う音楽ソフトであるAbleton Liveを初めて手にしたとき。ちょうどバージョン3~4くらいの時期で、Ableton Liveというソフトの存在が一般に知られてきた時期ですね。レーマンが、生楽器では演奏できないようなコンピューターベースの音楽を模索しはじめた時期でもあります。

またレーマンだけでなく他のSélébéyoneのメンバーとその周辺にいるミュージシャンも、さまざまな形で「ジャズとヒップホップの融合」を試みたアルバムをリリースします。

『In what Language?』(2003)   Vijay Iyer& Mike Ladd
『Knives From Heaven』(2011)    Matthew Shipp, William Parker, Beans, Hprizm
『Gain』(2014)   Illtet (Mike Ladd/Jeff Parker/Hprizm/Tyshawn Sorey)
『Freestyle Musing』(2021)   Maciek Lasserre&Mike Ladd
などなど

特にマイク・ラッドは現在フランス在住で、ラセールと共演したり、Sélébéyoneのメンバーと近い人であることがわかりますね。
レーマンも、マイク・ラッドとヴィジェイ・アイヤーの一連の作品については「マイク・ラッドはラップというよりスポークンワードだが、電子音を使ってそれをプレイしていることは素晴らしく、高く評価している」と言っています。

その後もレーマンは、Wu-Tang Clanの『Living In the World Today』やCamp Loの『Luchini』など、ヒップホップ曲をたびた取り上げていますね。また(マインドはヒップホップである)オウテカ(Autechre)の『qplay』を演奏した例なんかも。

このSélébéyoneが生まれる直接のきっかけは、(レーマンの弟子にあたる)マシエク・ラセールの発案で、彼がセネガル人ラッパーのGaston Bandimicを連れてくることでプロジェクトのかたちになったそうです。
ですが、Sélébéyoneのメンバーはそれ以前から実験的ヒップホップとその周辺のコミュニティには、長年の関わりがあったことがわかります。

Sélébéyoneではインタビューなどは当然レーマンが受けることが多いみたいですが、『Xaybu』ではラセールは重要な役割を担っていて、『Xaybu』のバックトラックの半分をレーマンが、残りの半分をラセールが作っているようですね。

レーマンが実験的なヒップホップムーブメントの中でAnti-Pop Consortiumに注目したのは、いわゆる音響的な意味でいうサウンド・プロダクション面、とりわけエレクトロニクスの使い方に注目したからだそうです。

このSélébéyoneに関して、他のプロジェクトからの影響をインタビューでたずねられたレーマンは、(ヒップホップではない)クレイグ・テイボーンのJunk Magicをあげていたのは印象的でした。

クレイグ・テイボーンは、でレーマンのアルバム『The People I Love』に参加するなどと共演歴が長く、自身の音楽に本格的にエレクトロニクスを導入しているミュージシャンで、Junk Magicはその中の代表的なグループです。以前にテイボーンについて書いたブログはこちら

スーフィ・イスラム

このアルバムの大きな特徴として、スーフィ・イスラムに触発されたリリックが多いという点がありますね。

というのも、ラセール、Gaston Bandimic、HPrizm、3人ともスーフィ・イスラムを信仰しているからだそうです。
そのため、抽象的というか観念的なリリックが多く、どちらかというと「リアル」で「具体的な」出来事をモチーフにするラップ/ヒップホップとは真逆という感じ。

ちなみに、このアルバムではジャッキー・マクリーン(「Go In」)やビリー・ヒギンズ(「Gagaku=雅楽」)の声がアルバムにサンプリングされています。
レーマンはマクリーンから、ダミアン・リードはヒギンズからそれぞれ指導を受けたというつながりもあるのですが、マクリーン、ヒギンズともにイスラムに改宗したミュージシャンでもあります。

マクリーンやヒギンズなどが活躍した時代は、ネイション・オブ・イスラムに代表されるような「白人の宗教であるキリスト教のカウンター」として、アフリカ系のジャズミュージシャンがモスリムになることはそこまで珍しいことではなかったと思います。みずから改宗したわけなので教義の実践に対しても厳格だったと思います。

スーフィ・イスラムは、メッカやメディナから離れたイスラム世界の外郭(東はパキスタン、西はサハラ以南)に伝播するにつれて現地の現地の宗教と同化していったため、イスラムの教義的には「ゆるい」はず。
マクリーンやヒギンズが信仰したイスラムとはずいぶんイメージが違うのだと思いますね(別にだからといって、それがどうしたという訳でもないのですが、、)

スペクトラリズム

レーマンの音楽を語るうえで良く出てくる用語に「スペクトラリズム」というものがあります。

スペクトラリズムってなに?リズムの種類かなにかなの?こういうのには疎いのですが、現代音楽のひとつの流れに「スペクトル楽派」というものがあって、音の音響特性や倍音を意識したハーモニーを用いて作曲を行う、コンセプトというか流派みたいなものらしいです。

ジェラール・グリシーとトリスタン・ミュライユといった人たちが、フランスのIRCAM(パリのポンピドゥー・センター内にあるフランス国立音響音楽研究所)を拠点に発展させたもので、トリスタン・ミュライユは後にコロンビア大学でも教えており、レーマンはその時の生徒のひとりです。
またレーマンは2011年には研究員としてIRCAMに在籍していた(なのでフランス語ペラペラらしい)

レーマンの『Transformation, Travail, and Flow』(2009)は、「ジャズ」のレコーディング史上、初めて本格的にスペクトル・ハーモニーを探求したアルバムだったそうです(Sélébéyoneから話しはそれますが、『Transformation,~』は素晴らしい作品です)

このスペクトラリズムのコンセプトはレーマンの音楽と分かちがたく結びついているようで、ヒップホップアルバムである『Xaybu』においても受け継がれているとのこと。

レーマン本人も言うように、スペクトラリズムは従来の西洋和声と共通点も多く、パッと聴いた印象はそこまで違うようには聴こえないのですが、レーマンが作ったバックトラックの独特な浮遊感を感じることもありますね。

追記

今回のブログはほとんどアルバム紹介のみになってしまいました。

Sélébéyoneの『Xaybu』を聴いてみた感想としては、どこまでも実験的でチェレンジングなアルバムだな、ということ。

アルバムタイトルの『Xaybu』はウォロフ語で「アル・ガイブ」を意味し、「知ることのできないもの、見ることのできないもの」を意味する言葉だそうです。まさにSélébéyoneの実験的な姿勢を示したタイトルですね。

「ジャズとヒップホップ」という語感から連想されるような「クールさ」はほぼ感じさせないですね。誰かと一緒に聴いて盛り上がるような音楽でもなさそう。

それでも事あるごとに聴きかえすことになるアルバムなのかな、と思います。