スコットランド・トラッドを歌うカリン・ポルワートの新作『Still as Your Sleeping』

欧米では先日行われた感謝祭から、クリスマス、新年とかけてホリデーモードで、各メディアの年間ベストが発表されたりしていて、音楽業界じたいが年末年始はお休みという雰囲気ですね。
メジャーアーティストは年末に発表されるグラミー賞のノミネートの前に駆け込みでアルバムリリースをしたりするので、もう新譜の発表はほとんど無くなりました。

そういう訳で、今回はリリースされたばかりの新譜ではないですが今年リリースのアルバムの紹介。
スコットランドのフォーク/トラッドを歌うSSW、カリン・ポルワートの新作『Still as Your Sleeping』です。

ガーディアン紙に「イギリスで最も優れたシンガーソングライターの一人」とも評される彼女の新作は、ポルワートのヴォーカルと、デイブ・ミリガン(Dave Milligan)のピアノのみというシンプルな編成でレコーディングされています。

オープニング・トラック「Craigie Hill」はアリルランドの大飢饉を背景にした悲しみにあふれるトラディショナル・ソングですが、ポルワートはこの曲をパンデミックにおける人々の生活苦に投影させています。
他にも「The Quiet Joys of Brotherhood」という曲のカヴァーでは、環境破壊への嘆きを現在の温暖化になぞらえたりも。
このようにシンプルで音楽ファンにとっては馴染みのある曲を、まさにいま起こっている問題に置き換え、新鮮な魅力を持つ曲に仕上げています。

このアルバムはカヴァー曲ばかりではないのですが、彼女はコミュニティのつながりなど、他にもさまざまな社会問題を取り上げているアーティストでもあります。
エレガントでシンプルな音楽ですが、ドリーミーで示唆に富む、人生のサウンドトラックとも言えるアルバムですね。

このアルバムは、なんといってもピアノのみというシンプルな伴奏をバックに歌われるポルワートの歌声が素晴らしい。
彼女はソロデビュー時まではポップスっぽいバンドで歌っていて、もともとは伝統音楽を歌うヴォーカリストではなかったようです。
ですが、このアルバムではアイルランドのシャーン・ノースにも通じるスコットランドの伝統音楽の節まわしを聴くことができますね。

ヴォーカリストの(特に女性ヴォーカリストの)好き嫌いは、上手い下手といったテクニック的なことよりも声質の方が重要だと思っているのですが、それでも彼女の歌を聴くと、ピッチやブレス、ビブラートが完璧にコントロールされていて、そのテクニカルな表現力に圧倒されます。

共演のデイブ・ミリガンというピアニストは、ポルワートの住むミッドロジアンでローカルに活動するジャズミュージシャンということのようで、レコーディングもこの村で行われました。これも明らかにコロナ・パンデミックの影響ではありますね。
彼女はこれまでギターをバックに歌うことが多かったのですが、ピアノニストとの共演というのはレアかもしれません。

SSWというと伴奏はギターのみ、などあまり伴奏スタイルは変えない人が多いように思うのですが、ポルワートはアルバムごとにいろんな演奏スタイルを試しているようにも思いますね。

Polwart So Far

もともとポルワートは、ソロデビュー前はMalinky and The Battlefield Bandのヴォーカリストとしてツアーを行ったり、ソロデビュー後の『Faultlines』(2004)でもバンド形式でレコーディングしていたようです。
(ちなみに『Faultlines』は彼女の人気を決定づけたアルバム。いまのポルワートと違うアグレッシブなバンドサウンドのアルバムで、今回はじめて聴いたのですが素晴らしいアルバムです)

最近のポルワートの活動では、ロイヤル・ライシアム・シアター劇団の演劇「ウインド・レジスタンス」を元にしたアルバムをコンポーザー兼サウンド・デザイナーのピパ・マーフィーと共作した2017年のアルバム『A Pocket Of Wind Resistance』(2017)なども注目されていました。(わたしが初めて彼女の名前を知って聴いたアルバムでもあります)

映画音楽のようなドラマチックな展開と、(マトモスとビョークのコラボレーションのような)ミニマルな電子音を駆使したサウンドスケープが見事なアルバムだったと思います。
このアルバムでは、スコットランドのファラ・フロー・ロック湖に渡ってくる雁の群をモチーフに、エコロジー・環境問題を取り上げていたようです。

『Still as Your Sleeping』とともに、もうひとつ今年のポルワートの話題としては、彼女がメンバーとして参加した「Spell Songs」プロジェクトの2枚目のアルバム「Spell Songs vol.2」が2021年12月にリリースされたこと。

『Spell Songs』は、著名な作家ロバート・マクファーレンとイラストレーター、ジャッキー・モリスによる「The Lost Words」と「The Lost Spells」の2冊の本をテーマに作られた音楽作品です。
スコットランド伝統音楽の要素とシンプルで静謐な音づくりがミックスされたアルバムで、(ポルワートが中心メンバーということもあり)『A Pocket Of Wind Resistance』に通じるところも多いですね。
『A Pocket Of Wind Resistance』ではハープが、『Spell Songs』ではSeckou Keitaのコラがそれぞれ印象的に使われているところも共通点かも。

『Spell Songs』の2作を比べると、晴れやかでポジティブな「Vol.1」と、内省的で穏やかな雰囲気の「Vol.2」という感じで、けっこう聴いたイメージは違いますね。原作本の内容にも関係あるつくりなのかもしれませんが。
純粋にアルバムのみ聴くなら、個人的には「Vol.1」の方がお気に入りでしたね。