今回は中東系のふたりのミュージシャン、イラクルーツのトランペット奏者アミール・エル・サファー(Amir El Saffar)と、イランルーツのサックス奏者ハフェス・モディルザデー(Hafez Modirzadeh)の紹介。
特に新譜が出たとか話題になったとかじゃないのですけど、ここのところずっとふたりのアルバムを探しては聴いてました。
いわゆる「アラビック・ジャズ」はジャズじゃない
わたしは「アラブ音楽」と「ジャズ」どちらの音楽も好きで良く聴いているので、よく「アラビック・ジャズ」という単語を目にします。
「アラビック・ジャズ」のミュージシャンとして紹介される人というと
レバノン出身フランス在住のイブラヒム・マーロフ(Ibrahim Maalouf)
UKジャズの新世代として紹介されることもあるヤズ・アハメド Yazz Ahmed
チュニジア出身のウード奏者ダファー・ユセフ(Dhafer Youssef)
同じくチュニジア系でECMからアルバムをリリースもしているウード奏者Anouar Brahem
だいたいこの4人のうち誰かですね。
基本的には、アラブ音階ともうひとつ他のジャンルを組み合わせる、という感じです。
例えばイブラヒム・マーロフとラテン音楽であったり、ヤズ・アハメドのソウル/ファンクであったり。
ところどころニューエイジ風な展開が聴けるところもなんとなく共通点がありますし、こういう異文化の音楽を融合した音楽は「アラブジャズ」というよりも「エスニックフュージョン」と呼んだ方がしっくりくるかも。
ただこの4人の音楽はというと、、、個人的にはあんまり熱心に聴くことは無いのですよね。理由は良くわかりませんけど。別にディスってませんよ。
4人ともジャズのカテゴリで語られることも多いのですけど、みんな共通しているのはあまりジャズを感じないということ。
実際のところみんな、パフォーマーとしては優秀ですけどジャズ的なボキャブラリーはけっこう貧弱なんじゃないかな、とも思いますし。
ヤズ・アハメドはTzadikからオーケストラ作品をリリースしているSpike Orchestraという好きなグループのメンバーなので応援はしていますけどね。
そんな中「アラブ音楽とジャズの融合ってこういうのだよね」と思えるのが、イラク系のトランペット奏者であるアミール・エル・サファー(Amir El Saffar)と、イラン系のサックス奏者のハフェス・モディルザデー(Hafez Modirzadeh)の2人。
アミール・エル・サファー
アミール・エル・サファーはシカゴ生まれ。父親がイラク移民で物理学者だということ。サファー自身はもともとシカゴのデポール大学でクラシック音楽を学んでいたようですが、平行してジャズも演奏していました。
さらに彼は故郷イラクの音楽に傾倒するようになり、20代になってからバグダッドに渡りイラク音楽のマカーム(旋法)とサントゥールという楽器を学んだそうです。
ちなみに妹のDena El Saffarも、ヴァイオリン、Joza(ルバーブみたいな弦楽器)、ウードなど多くの楽器を操り、歌も歌う多才なミュージシャンです。
兄妹でアラブ伝統音楽を演奏する Salaam というグループでの活動もしていたようですね。
彼は2007年にはデビューアルバム『Two Rivers』をリリースしてから、ソロ活動では一貫してアラブ音楽とテーマに活動しています。
『Not Two』(2017年)といったアルバムでは、自身の音楽をオーケストラへ発展させたりもしていてかなり意欲的。
また同時に、サイドミュージシャンとしての活動も平行して行っており、特にPi Recordings関連のミュージシャンのアルバムに多く参加していますね。
サイドミュージシャンとしての演奏はアラブっぽさは全くありませんね。
実際のところ最初、エル・サファーのことはずっとストレートな現代ジャズを演奏するプレイヤーだと思っていました。
ハーフェス・モディルザデ
そしてもうひとりのアラブ系ジャズミュージシャンがアルトサックス奏者のハーフェス・モディルザデ。
彼のことは正直まったく知りませんでした。
彼もアミール・エル・サファーと同様に移民の両親を持ち、アメリカで生まれ育ったということです。
父親がイラン出身のパーカッショニストだったそうですが、イランの伝統音楽とジャズをどちらもかなり本格的に学んできた人のようですね。
サン・ホセ州立大学で音楽の学士号を取得している間に、ソニー・スティット、ジェームス・ムーディ、ジョー・ヘンダーソン、ソニー・シモンズら偉大なジャズサックス奏者に学び、ジョージ・ラッセルから音楽理論を学んだそう。これはガチですね。
イランの古典音楽に関しても平行して訓練を受けていて、1973年からテヘランで1年間過ごした後にイランのヴァイオリニストでタール奏者のマフムード・ズーフォノウンなどから個人レッスンを受けた、といった経歴のようです。
彼は今ではサンフランシスコ州立大学の音楽教授だということで、ずっと学術的な音楽活動を行ってきた人ではあるようです。
アラブ音楽だけでなく非西洋の音楽家、特にアジア(日本、中国、フィリピン)のミュージシャンとの共演が多かったようです。フレッド・ホー、ミヤ・マサオカ、リウ・チー・チャオ、マーク・イズ、タナ・アキラといった人たちがコラボレーターとして名前があがっていますね。
うーん、正直ミヤ・マサオカさんくらいしか名前は知りませんが。。
西海岸は日系の人も多いし、ジャズミュージシャンの中でもこういう日本人コミュニティがあったということみたいですね。
アルバムレコーディングも1990年くらいから行っているようですけど、彼の初期のアルバムは、(マイナーレーベルだからなのか)Spotifyなどではなかなか聴けないですね。
聴ける範囲でちょこっと聴いた感じではあまり中東的な雰囲気はなく、中東音階をジャズにかなり巧みに潜ませている感じの演奏ですね。
オーネットとの出会い
2000年代後半、ペルシャ語やアジアなど非西洋的な音楽システムを通して、独自の音色にどうやってたどり着くかを模索していた彼でしたが、同時に行き詰まりを感じていたそうです。
そんな彼が、ふたつの出来事をきっかけに大きな転機を向かえることになります。
ひとつめの転機は2007年のオーネット・コールマンとの出会い。
世界で最も偉大なリード奏者の一人との偶然の出会いが、ハーフェスのアイデアを次の段階へと発展させるきっかけとなった、と自身も語っています。
この時期にニューヨークのオーネット・コールマンの自宅を訪れ、オーネットと何日にもわたる議論と演奏の日々を行うチャンスを得ることで、モディルザデーはすべての文化の壁を打ち破る普遍的なアプローチのヒントを得たということです。
オーネットとの出会いから得たアプローチを、自身では「ポスト・クロモーダル」と呼んでいるみたいです。
要はオーネットのハーモロディック理論みたいなやつですね。
もしかしたらオーネットに「自分の音楽に何かカッコいい名付けると良いよ」みたいなアドバイスを受けたのかも。
その縁から、モディルザデは2007年のサンフランシスコとモントレーのジャズフェスティバルにオーネットからゲストとして招待され一緒に演奏をしたそうです。この時の映像って観たいのですが、どこかに残ってないのかなー。
そしてもうひとつの転機は、先に紹介したアミール・エル・サファーとの出会いとPi Recordingsとのつながり。
この時期にハーフェスはPi Recordingからアルバムをリリースするようになり、同じく中東系の音楽をルーツに持つアミール・エル・サファーと出会うことになります。
イラクのマカムとペルシャのダストガ、それぞれのルーツとなる中東のスケールをジャズと融合させてきたふたりは、まさに「出会うべくして出会った」という感じです。
この後、ハーフェスのアルトサックスとアミールのトランペットという2管フロントでのグループがふたりの活動の中心となっていきます。
アルトとトランペットのフロントは当然オーネット・コールマンカルテットを意識していますね。
ユダヤ旋法をオーネット・カルテットで演奏するというコンセプトがジョン・ゾーンのマサダなら、それと同じことをアラブ音楽でやったのがハフェス・モディルザデーとアミール・エル・サファーの2人と言えるかも。
この2人の共演盤は今まで聴いたどんな音楽とも違っていて新鮮です。ただただカッコいいです。
Pi Recordingは基本ストリーミングは無いのですが、この2人の共演盤では『Radif ♦ Suite』(2010)が聴けますね。
こちら
もう1枚、この2人の共演盤として面白いのは『Post-Chromodal Out!』(2012)ですね。
Pi Recordingつながりではあるのですが、ピアノでヴィジェイ・アイヤーが参加しています。
アイヤーは、ここではピアノをアラブ音階に合わせて微分音チューニングして弾いているらしいです。
アルバムのサブスクは無ので、こちらのライブ動画を
アイヤーはハーフェスの音楽について
Hafezの文化を超えたアプローチの範囲は驚くべきものです。
伝統的な演奏システム、調律システム、モードへの批判的な姿勢もあり、彼の視野は時代を超えて大きく広がっています。技術的な複雑さにもかかわらず、彼の音楽には真の心があり、真の精神的な明晰さがある。
モディルザデは単なる「音楽研究者」ではなく、創造的な仕事、そして個人的な内面の探求に生涯をかける真の芸術家なのです。
と絶賛しているみたいですね。