約束の地 イスラエルを目指して

SHIRAN はテルアビブを拠点に活動するイエメン-イスラエル系のシンガーソングライター。

その彼女が今年2020年にニューアルバム『Glsah Sanaanea with SHIRAN』をリリースしています。

彼女は2018年にセルフタイトルのアルバムでデビューして、今作は2作目になります。
デビューアルバムではシンセサイザーなどを多用したエレクトロニクス満載の”ポップ”サウンドを聴かせていました。

ただ今作『Glsah Sanaanea with SHIRAN』ではガラッと路線を変え、ウード、カワラ、カヌンなどの弦楽器、管楽器、打楽器を背景にしたアコースティックなセットを使い、数百年前の曲やイエメンのポピュラーソングなども取り上げたり、イエメンの伝統音楽を強く意識した音を作っています。

約束の土地

SHIRANの音楽は、イエメンからイスラエルへ「アリヤ」の旅に出た彼女の祖母の物語や経験からインスピレーションを得て発展してきました。

ここでいう「アリヤ」とは、1949年6月から1950年9月にかけてイエメン国内のユダヤ人がイスラエルを目指して国外へ脱出したことを指します。イスラム諸国の中でマイノリティであるユダヤ教徒は襲撃などの危険にさらされていたことが理由です。
イエメンにいる数万人ものユダヤ教徒は、(隣国サウジアラビアを渡れないため)アメリカとイギリスの手配した航空機でイスラエルに渡っていったそう。

彼女はアラビア語とヘブライ語の両方歌っています。
中東での音楽は、特にクラシックな音楽であればあるほど、アートというよりもエンタメ要素が強くて、歌に込められたメッセージ性などはあまりお呼びでないような気もするのですが、彼女のパワフルな歌は現代のアラビア世界におけるパワフルな女性の声だとも言えるのでしょう

アルバムで演奏するイスラエルやアラビア音楽の世界のプレイヤーたちの演奏には、イエメンとイラクの伝統が反映されています。中東の外にいる私たちが、イエメンなどの中東諸国は混乱の中にあり、長いあいだに渡ってすべての希望が失われた国であると考えていることを考えると、SHIRANのようなパフォーマーがイエメンという国にルーツの人々をまとめて共通の遺産を祝い、すでに存在している分断がこれ以上ひどいものならないように力を注いでいるという事実は、私たちを勇気づけてくれます。

伝統と革新のはざまで

エレクトロ路線のデビューアルバムからガラッとイメチェンしたSHIRANですが、実はかつてレコーディングした曲を違うアレンジで聴かせたりもしています。
リードシングル「Ya Banat Al Yemen」は、イエメンの結婚式でよく聞かれる曲ということのようですが、この曲は前作でもフィーチャーされていて、このアレンジの違いを聴き比べると面白いです。
前作ではダブっぽい音作りのダンスチューンだった曲が、今回は厚みのあるパーカッションとアラビックスタイルのコーラスに置き換わり、違った祝祭感を演出しています。

ただ中東に限らず、伝統音楽をベースにした演奏することは、過去の遺産を現代に結び付けてくれるのと同時に多くの制約ができます。
「伝統に沿った演奏・歌」にこだわることが、音楽的な魅力を失わせている伝統音楽の例はたくさんあると思います。
そういう点でも、SHIRANのアルバムで聴ける伝統音楽の混ぜ方というかエディット感覚は、絶妙なバランスを保っているように感じられます。決めどころとか盛り上げ方とかですね。

まあ彼女にとってはこのアルバムは「伝統音楽に回帰した」とかそういうことではなく、エレクトロ路線も伝統楽器も同じひとつの音楽なのかも。
正直、デビューアルバムはわたしにはあまりピンときませんでしたけど、次作からはがっつりエレクトロ路線に戻るかもしれませんし。

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