タイショーン・ソーリー・トリオ『Mesmerism』

ドラマー・作曲家であるタイショーン・ソーリーの新作『Mesmerism』がリリースされました。ピアノ・トリオによるスタンダード集です。

メンバーは
Tyshawn Sorey – drum set
Aaron Diehl – piano
Matt Brewer – bass

ソーリーは、ヴィジェイ・アイヤー、ロスコー・ミッチェル、マイラ・メルフォードといったミュージシャンと共演する一方、ペンシルバニア大学音楽学部の教授をつとめ、さらには自らオペラを作曲するといった、どちらかというとアヴァンギャルド/現代音楽よりの活動をしてきたプレイヤー。

ソーリーのピアノ・トリオというとコーリー・スマイス、クリス・トルディーニとのトリオで録音したアルバムもあるのですが、あれって綿密な作曲とすみずみまでソーリーのディレクションが行き届いた、完全に現代音楽だから。

そういう意味でソーリーの音楽を聴いてきたファンにとっては、今回の『Mesmerism』はかなり意外でした。

このアルバムで取り上げられているのはスタンダードの「枯葉」、ホレス・シルバーの「Enchantment」、ムハル・リチャード・エイブラムスの「Two Over One」、デューク・エリントンの「REM Blues」、ビル・エヴァンスの演奏で知られる「Detour Ahead」 、ポール・モチアンの「From Time to Time」 といった曲たち。

ソーリーはビル・エヴァンスのファンだそうですし、またエヴァンス・トリオのドラマーであるポール・モチアンにも特別な思い入れがあるようですね。
先日のヴィレッジ・ヴァンガードでのポール・モチアン・トリオのトリビュートライブでは、モチアンの替わりにドラムを担当していました。

このアルバムについてソーリー本人は

このアルバムは、車輪を発明したり何かを証明しようとするものではなく、これらの曲に対する揺るぎない愛と感謝を、できる限り正直な方法でレコーディングすること

とコメントしています。

例えるなら、これまでのソーリーのアルバムが学術論文だとしたら、今回のアルバムは大切な人へのラブレターだと言えるかも。

共演者のアーロン・ディール(Aaron Diehl)はここ最近ソーリーとの共演が増えているピアニストです。

あまり彼の演奏は聴いたことないのですが、セシル・マクロリン・サルヴァントの「サリヴァン・フォートナーじゃない方の」ピアノ伴奏者、というイメージです。
少し調べてみるとケニー・バロンに師事したり、ウィントンと共演したり、わりとトラディショナルもいけるピアニストのようです。

ベースのマット・ブリュワー(Matt Brewer)は、スティーブ・レーマン・グループなどなど、かなり多くのアルバムでソーリーと共演していますね。

アナザーサイド・オブ・タイショーン・ソーリー・トリオ

このアルバム自体のリハーサルは簡単に数時間行っただけだそうですが、アルバムリリースの少し前、2022年5月にSmallsクラブでタイショーン・ソーリー・トリオとしてライブを行っています。

レコ発ライブということで『Mesmerism』からの曲が演奏されていて、終演後にはソーリーみずから「CDは20ドル!LPは40ドル!」と売り込みかけていましたね。

ここでベースを担当していたのはブリュワーではなく、ラッセル・ホール(Russell Hall)というベーシスト。
ラッセル・ホールはジャマイカ人のベーシストでジュリアード音楽院でロン・カーターに師事したとか。
アーロン・ディールもラッセル・ホールもウィントン・マルサリスのJLCOと共演していて、そのつながりでの起用されたのかも。

余談ですが、彼のリーダーアルバムは彼がジャマイカ出身だからって理由だけでレゲエに区分されてるのはひどすぎますね。

このライブ演奏ですが、レコ発といいつつアルバムの演奏とはかなりテイストが違うんですよね。

アルバムでの演奏は音数も少なく穏やかでいわゆるモダンジャズのマナーにそった演奏が続くのですが、その反面Smallsのライブはドラムの手数も多くアグレッシブで、まさにドラマーがリーダーのジャズという感じ。

どっちかというとこのSmallsライブの演奏の方が好みかも。
Smallsはけっこう騒がしいクラブで静かな演奏だと雑音が気になるみたいなので、それに合わせた演奏だったのかもしれません。

追記

Tyshawnという名前はタイショーンじゃなくて、タイシャーンがネイティブに近い発音みたいです。