ティグラン・ハマシアン ~あふれるメシュガー愛~

アルメニア系ピアニストのティグラン・ハマシアン(Tigran Hamasyan)が新作『THE CALL WITHIN』をリリースしています。

ティグラン・ハマシアンは日本でもすごく人気ですね。
オダギリジョーさんの『ある船頭の話』という映画の音楽を担当したことから、日本のメディアで紹介されることも多いです。

もともとは2006年のセロニアス・モンク・コンペティションで優勝したことでジャズピアニストとして一般に認知されました(この時2位はジェラルド・クレイトン、3位はアーロン・パークス)
モンクコンペチャンピオンのネームバリューは日本でもけっこう強いと思いますね。

ハマシアン on ECM/Nonesuchレーベル

ただハマシアンはデビュー後はいわゆるメインストリームのジャズとは一線を画す作品をリリースしてきました。
アルメニアの伝統音楽などを取り入れ、一聴するとクラシック音楽のようにも映画音楽のようにも聴こえるピュアで情感あふれる作品を発表しています。

彼がデビュー後にECMと契約しているのは、まさに彼の音楽がECMのレーベルカラーに近かったということなのでしょう。その後Nonesuchレーベルとも契約していますが、これも同じような理由からだと思います。Nonesuchもまさにクラシックや民族音楽的なテイストをもった作品をリリースしているレーベルなので。

ハマシアン自身はECMレーベルの音楽に強く影響を受けたようで、ヤン・ガルバレクやテリエ・リピダルなどのジャズミュージシャン、また同じくECMのリエナ・ヴェレマルク(lena willemark)といったスカンジナビア半島出身のミュージシャンをフェイバリットに挙げています。

ちなみにヴェレマルクは、ワールド系のヴォーカリストとしては素晴らしい歌声でもっと注目されても良かったヴォーカリストかも。
イヴァ・ビトヴァ(Iva Bittová)やマールタ・シェベスチェーン(Marta Sebestyen)のようなタイプで、エスニックな節回しのヴォーカルをリズム楽器無し、最小限の伴奏で歌そのものを聴かせるタイプの人です。

ハマシアンの音楽はまさに彼らが演奏していた音楽の延長線上にあると言えるかも。ジャズっぽさ、ブルースっぽさは皆無ではあります。
ここであげたヤン・ガルバレクやテリエ・リピダルなどは(一定のファンはいるものの)そこまで日本のジャズファンに聴かれているようには思えず、日本のハマシアンの人気はちょっと謎でした。正直いうと個人的にもあまり興味が持てなかったのですよね。

余談ですが、ハマシアンはキース・ジャレットがアルメニアの神秘思想家グルジェフ(彼は作曲家でもあった)の曲を取り上げたアルバム『Sacred Hymns』(これもまたECM)に衝撃を受けたとも書いていますね。

ブラック・サバス から メシュガーへ

今回、新アルバムがリリースされるということで過去のインタビューなどを読んでみたのですが、
「ハマシアンって自分の好きな音楽をそのまま演奏しちゃう人」
なんだな、と強く感じます。
やりたい音楽をやっているしジャンルにとらわれていないのは確か。

彼は、子どもの頃はブラック・サバスやディープ・パープルのようなハードロックにハマっていたそうです。その延長線上として現在でもメタルへの興味をたびたび発言しているみたいです。
そこで必ず名前があがるのが、80年代からスウェーデンをベースに活動するメシュガー(MESHUGGAH)というエクストリーム・メタルバンド。
風貌もメタルグループなのですが、複雑な変拍子や(アラン・ホールズワースのような)ギターソロが聴ける、とにかく複雑で、速くてうるさいというグループ。ゴリゴリのテクニシャン集団だということ。
スウェーデンでバカテクで変拍子で、というとサムラ・ママス・マンナが頭に浮かびますが、スウェーデンの音楽シーンには何かそういう土壌があるのかも。
メシュガーと言えば、ドラマーのタイショーン・ソーリー(Tyshawn Sorey)もフェイバリットにあげていましたね。

ジャズやスカンジナビア音楽など、これまで自分の音楽的な興味を形にしてきたハマシアンですが、今回の『THE CALL WITHIN』のテーマはまさに”メシュガーみたいなメタル!!” ということなのでしょうね。
先行シングルで1曲目の「Levitation 21」は21/8拍子というすざましい曲

ハマシアンはインド音楽からの影響を良く話しますけど、『THE CALL WITHIN』で聴ける変拍子はインド音楽のものとはちょっと違うみたい。

こういう路線はほぼ初めてだと思いますし、あえて言えば(サブスクでは聴けないですが)ジャズロック寄りの『Red Hail』が近いかも。
この複雑でよじれた疾走感がたまらなく良くて、これまでのハマシアンのアルバムではいちばん好きですね。

こういうタイプの音楽を演奏するにはピアノというの楽器はあまり向いていない楽器なのだと思うのですけど、そういうやりづらさを類まれなテクニックで軽々と乗り越えているところに凄みを感じます。

故郷アルメニア

ハマシアンは現在では故郷アルメニアに帰って活動しているようですね。

アルメニアという国は、素朴で情感豊かな音楽の伝統があります。ワールドミュージックの世界ではダブル・リードの笛Duduk奏者ジヴァン・ガスパリアンが真っ先に名前があがりますけどね。
どうしてもアルメニアの音楽に、オスマン帝国によるアルメニア人虐殺やロシア統治など、歴史的な受難の歴史を投影して「悲しみ」を見出してしまいます。

ただそういう見方は一面的なもので、別の見方をすればアルメニア伝統音楽の特徴は西洋音楽と中東音楽の微妙なミックス具合なのだと言えます。
文化的にはトルコが東洋と西洋の交差点と言われますけど、音楽的にはトルコの伝統音楽は完全にイスラム側ですし。

アルメニアは地理的にはペルシャ音楽・トルコ音楽といったイスラム音楽圏に入ると思いますが、イスラム音楽の影響は受けつつキリスト教国ということで教会音楽などの伝統が色濃く残っています。

ハマシアンの音楽がアルメニアの伝統音楽に強く影響を受けているというのは間違いないのですが、それは音階やリズムだけではなく異なる体系の音楽をブレンドするその姿勢にあるのだと感じますし、『THE CALL WITHIN』でエクストリーム・メタルの影響を表現するのも、きっとその延長線上にあるんじゃないかな、とも思いますよね。