偉大な祖母の後を継ぐタアラブ歌手 シティ・ムハラム(Siti Muharam)

民族音楽、ワールド系の音楽は、ポピュラー音楽と比べるとミュージシャンの世代交代や入れ替わりはずっとゆるやかで、毎年あたらしい新人ミュージシャンが話題になるということはないです。

マーケットが小さいということもあるのでしょうけど、草の根的な活動をしている人がじわじわと人気を集めることがほとんど。
新譜といってもすでに知名度もあるミュージシャンのアルバムを聴くことがほとんどで、新人ミュージシャンの1stアルバムを聴いて好きになることは多くはないです。

そんな中、今年2020年にリリースされた、アフリカ大陸の東、インド洋に浮かぶ島国・ザンジバルの歌手シティ・ムハラム(Siti Muharam)のデビューアルバム『Siti of Unguja』は素晴らしいアルバムで、まさにニュースターの誕生という印象。
彼女の「Pakistan」という先行シングルを聴いてすごく良かったのでフルアルバムのリリースを待ち望んでいたのですが、その期待を超えたすばらしいアルバムです。

ザンジバルのタアラブ音楽

彼女が歌うのはザンジバルなど東アフリカ一帯に広がった「タアラブ」という音楽です。
「タアラブ」という音楽の存在はなんとなく聞いたことあるようなないような感じなのですが、

ザンジバルは、インドの香辛料貿易から東アフリカの奴隷貿易まで、歴史的に交易が盛んな土地で、さまざまな文化が出会う土地となっていたようです。そのため、エジプトなどアラブ世界のコーラン、東アフリカのポリリズム、インドのラーガなどが融合した音楽が生まれ、それが「タアラブ」と呼ばれるようになりました。

19世紀の後半に生まれ、主にザンジバルの宮廷内で男性によって演奏されていました。ところが20世紀初頭になって、シティ・ビンティ・サードという女性歌手が、宮廷で演奏されるタアラブを聴き、男性の中に割って入り、アラブ語とスワヒリ語の歌詞を組み合わせたあらたなスタイルを生み出しそれを宮廷外へと(特に女性へ向けて)広めたという歴史があります。

こちらはシティ・ビンティ・サードがタアラブ歌手となるエピソードをビジュアルでみれる動画

シティ・ビンティ・サードはおそらくタアラブの歴史を語るうえで最も重要な人物なのですが、その彼女の曾孫娘がシティ・ムハラムになります。

タアラブという音楽ですが、さまざまな音楽がミックスされた音楽なのですが、聴いた印象としてはアラブ音楽に近いですね。ウム・クルスームのようなアラブ世界の歌謡曲っぽいイメージです。
オーケストラ並みにゴージャスなアラブ歌謡よりは、タアラブはもう少し小編成の音ですね。リズムもダルブッカなどを使ったアラブリズムに近いように思います。

シティ・ムハラムの音楽も、基本的にはアラブっぽさが強いのですが、リズムはシンプル。リズムそのものよりも、印象的な音色のリズムを使うことでカッコよさを演出しています。いちぶエレクトリックなビートを使っていますが、ほとんどは生パーカッションをミキシングや音処理することでグルーヴを生んでいると思います。

このあたりの音作りは、過去のタアラブとは一線を画していて新鮮ですね。
ビ・キドゥデ(Bi Kidude)など過去のタアラブ歌手の音源も聴いてみましたが、ムハラムの音楽は過去のタアラブの伝統とはかなり異なって、そういう新しい面がこの『Siti of Unguja』というアルバムを特別なものにしていると感じますね。

シティ・ビンティ・サードの時代から、タアラブは社会に抑圧された女性などをテーマとして取り上げてきたジャンルです。
このアルバムでも、妊娠中の若い女性がレイプされ殺害された話をとりあげた「Kijiti」など、メッセージ性の強い曲を歌っています。

歌と言うよりも、時に短いフレーズを力強く叫ぶようなムハラムのヴォーカルもこのアルバムにシリアスな説得力を与えているようです。

レコーディングでもバックで演奏したバンドメンバーは、ムハラムより上の世代の実力派プレイヤーで、特にでウード奏者のMohamed Issa Matonaはタアラブの世界では伝説級のプレイヤーみたいです。そういう人たちが新しい感覚のアルバムを作り出すというところも、タアラブというジャンルの柔軟性が垣間見えますね。

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