プエルトリコから ” アメリカ ” へ

今回はサックス奏者のミゲル・ゼノンの新作『Música de las Américas』の紹介

ミゲル・ゼノンは、(Miguel Zenón)は、プエルトリコのアルトサックス奏者、作曲家、バンドリーダーで、グラミー賞やラテン・グラミー賞に何度もノミネートされ、グッゲンハイム・フェローでありマッカーサー・フェローの受賞者でもあります。

彼の世代では、彼ほどリスナーからの高い人気と批評家からの評価を同時に得ているアルトサックス奏者はいないんじゃないでしょうか。

彼のアルバムはそこまで熱心に聴いてきたわけではないのですが、それにしてもこのアルバムは素晴らしいですね。

「ファンになってしまった」と言っても良いかも。

この『Música de las Américas』の参加メンバーは、ピアニストのルイス・ペルドモ、ベーシストのハンス・グラヴィシュニグ、ドラマーのヘンリー・コールを中心としたゼノンのレギュラーカルテット。

そこに、パオリ・メヒアス、ビクトル・エマニュエリ、ダニエル・ディアスといったラテンパーカッションのマスターたちがゲストとして参加しています。

南米のダンス音楽を基調としたリズムに、ゼノンのとめどなくあふれる印象的なフレーズがマッチして最高にエネルギッシュな演奏になっていて、「ラテンジャズ」に限定すれば、ここ数年に聴いたアルバムでは最高クラスの作品だと思います。

ゼノンはこれまでのキャリアの中で、自身のプエルトリコのルーツを探るアルバムを継続的にリリースしてきました。

プエルトリコの地方に伝わる民族音楽であるラ・ムジカ・ジバラを取り入れた『Jíbaro』 (2005)、プエルトリコを代表するスタイルであるプレナ音楽を演奏した『Esta Plena』 (2009)、5人のプエルトリコ作曲家の曲を取り上げた『Alma Adentro』(2011)、伝説のプエルトリコ・サルサのアイコンであるイスマエル・リベラへのトリビュート『Sonero: The Music of Ismael Rivera』(2019)などなど。

ゼノンのアイデンティティへの強いこだわりは過去作のアルバムレビューで以下のように書かれていましたね。

ゼノンにとってのプエルトリコは、ガブリエル・ガルシア・マルケスにとってのコロンビアであり、ジルベルト・ジルにとってのブラジルのようなものだ。彼は世界に目を向けながらも、プエルトリコは常に彼のイマジネーションの中心地である

そんなゼノンですが、パンデミックの間に、アメリカ大陸の先住民文化のダイナミズムと複雑さ、そしてヨーロッパ人入植者との出会いとその結果生じた歴史的意味といったテーマに没頭し、西洋によるラテンアメリカの資源開発について書かれたウルグアイ人のエドゥアルド・ガレアノ著『ラテンアメリカの鉱脈』などの古典を読みあさったそうです。

その結果、今回のアルバム『Musica De Las Americas』では、より視野を広げ、南北のアメリカ大陸、そして大西洋に浮かぶアメリカの島々の多面的な歴史を称え、ヨーロッパの侵略以前と以後のこの広大な土地の歴史掘り下げ、それらにインスパイアされた曲を演奏しています。

ザ・カルテット

このミゲル・ゼノン・カルテットは、1999年からの長い期間にわたってほぼ同じメンバーで活動している、かなりレアなグループですね。

メンバーは、メキシコ人ドラマー、アントニオ・サンチェス(バークリー音楽大学で知り合った)や、オーストリア人ベーシスト、ハンス・グラウィシュニグ(デヴィッド・サンチェス・グループでゼノンのバンドメイト)、ヴェネズエラ人ピアニストのルイス・ペルドモ(グラウィシュニグのマンハッタン音楽大学の同窓)といったプロとして活動する前からずっといっしょに演奏をしてきたミュージシャンたちです。

2008年くらいにアントニオ・サンチェスがパット・メセニー・グループに引き抜かれるかたちになり、ヘンリー・コールと交替になります(ゼノンとサンチェスとは今でも頻繁に共演し、お互いのSNSにも良く出てきますが)

ここまで長い期間レギュラーグループとして活動するジャズ・グループは、ブランフォード・マルサリス・カルテットくらいなんじゃないかな。
たまたまかもしれませんが、ゼノンの初期のアルバムは、ブランフォードのレーベル「Marsalis Music」からリリースされています。その後にゼノンは「Miel Music」という独自レーベルを立ち上げています。

『Path of Seven Colors』

ミゲル・ゼノンというと、昨年リリースされたチェス・スミス&We All Breakのアルバム『Path of Seven Colors』でも印象的な演奏を聴かせていました。

この『Path of Seven Colors』は、チェス・スミスがハイチ音楽(ヴードゥー)の伝統と現代ジャズを融合させ、高い評価を得た作品。

ゼノンのメロディアスでオリジナリティあふれるサックスプレイは本当に驚異的で、まるで彼が主役であるかのような演奏でしたね。

この作品でのゼノンの演奏を聴いて強く感じるのは、ラテンっぽいリズムがあるようにラテンっぽいフレーズやソロというものもあるんだな、ということ(理論的に説明できるのかもしれませんが)

このアルバムのソロはサックスのゼノンもしくはピアノのマット・ミッチェルが演奏しているのですが、ふたりのソロを聴き比べてみると、ゼノンの演奏にあふれるラテンタッチが特に際立って聴こえました。

ちなみにゼノンは、今回リリースした『Música de las Américas』に収録された「Opresión y Revolución」という曲で、ヴードゥー音楽やハイチ革命にインスピレーションを得た曲を演奏しています。
これは『Path of Seven Colors』セッションで得た経験を自身のアルバムにフィードバックしたものかもしれないですね。

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