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なぜ音楽は聴けば聴くほど好きになるのか? ~単純接触効果~

音楽は聴けば聴くほど好きになる

先日web記事を読んでいて、「音楽を聴けば聴くほど好きになる」という現象についてのweb記事を読んだのですが、今日はその話。
この現象については「単純接触効果」という名前も付いているそうです。

単純接触効果(mere exposure effect)とは、何かの対象についてはじめは興味がなかったり苦手だったものが、接する回数が増えるたびに次第に印象が良くなってくる効果のこと。
1968年、アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスがによって知られるようになった心理学用語です。

ザイアンスの行った実験では、被験者に人物の顔写真を何枚か見せて、その印象を「すごく悪い」から「すごく良い」まで7段階に分けて採点してもらったようです。
実験の結果、同じ人物の写真でも何回も繰り返し見ていくうちに、その人物の印象がだんだん良くなっていくという結果が出たそうです。

「音楽は聴けば聴くほど好きになる」という現象は科学的に実証されているということです。

 

 

この効果はわりと広く知られている話のようで、たとえばテレビCMでは露出が多いほど良い商品だという印象を視聴者は持つ、といったマーケティングの分野でも応用されています。
他にも「相手の心理を操る恋愛テクニック」みたいなシーンで良く引用されていて、好きでも嫌いでもない相手でも、何度も会えば好印象を持つようになる、といったことも言われています。

アルバムを「聴きこむ」ことの意味

この「どんな音楽でも聴けば聴くほど好きになっちゃう現象」は、ほとんどの音楽リスナーが体感として持っている感覚じゃないかと思います。
これは「プラシーボ効果」や「勘違い」などとは違い、そのリスナーにとっては実際にその音楽が素晴らしく聴こえているということです。

ただ体感としてはみんな感じている現象であっても、どうして「聴けば聴くほど好きになるのか?」については多くの人が誤解しているようです。

よく、
 「アルバムを聴きこんで、やっと良さがわかってきた」 
とか
 「アルバムを買ったばかりでまだ聴きこみが足りない」 
といった表現をする人がいますよね。

そういう人って
なにか「音楽の中にパッと聴きではわからない”マジック”が隠されている」みたいなイメージを持っているんじゃないかと思います。
そして「繰り返し聴きこむことで、その音楽のマジックが解き明かされてくる」みたいな。

これって間違いです。完全に誤解です。

「アルバム聴きこみ派」の人はプンスカ怒っちゃうかもしれませんけど。

聴きこむことで何かを発見している訳ではなくて、単純接触効果によって「どんな音楽でも聴けば聴くほど好きになっちゃう現象」が起こっているだけなのです。

そもそもなぜ単純接触効果は起こるのか

単純接触効果がなぜ起こるかについては諸説あるそうですが、もっともスタンダードな説明として、知覚的流暢性の誤帰属(misattribution of perceptual fluency)ということが言われているようです。
これまた激ムズの単語ですね。わたしもはじめて聞きました。

知覚的流暢性の誤帰属とはつまりこういうことのようです。

人は刺激情報を五感で感じると、その情報を脳内で処理します。
たとえば人の顔を見るという視覚的な刺激に対して、どういう印象の人かを”判断”するという脳内処理をしています。
音楽を聴くことは聴覚的な刺激ですし、音をメロディーやリズムとして考えることも脳内処理ですね。

重要な点は、こういった処理作業は脳にとっては「ストレス」だということす。
そして初めて見る顔、初めて聴く音楽は刺激が多く処理量が多いため、より多くのストレスを感じるそうです。

もし同じ刺激が何回も繰り返された場合、刺激に対する脳の処理効率があがり親近性が高まるという現象が起きます。
簡単にいうと、繰返し作業により脳が刺激に慣れ、ストレスが弱まってくるのです。

このストレスが弱まる感覚を、脳は「この刺激は好ましいもの」と ”誤って” 認識するらしいのです。
(ストレスじたいを好ましいと感じるわけではなく、ストレスが「弱まる感覚」を脳は好ましいと感じてしまうということ)
このことを「知覚的流暢性の誤帰属」と呼びます。

別にストレスじたいは無くなっていなくても、それがちょっと弱まっただけで脳はそのストレスをウェルカムなものとして受け入れてしまうということなんです。
これが「単純接触効果」と呼ばれる現象の正体なのです。

うーん、人間の脳はなんともデキが悪いじゃないですか、、

「聴きこむことで良さがわかってくる」という現象は、単に脳内で単純接触効果というブーストがかかっているだけなんですね。

単純接触効果は基本的には対象の印象をどんどん良い方向に書き換えてしまう現象なので、そういう意味では音楽はいちばん最初に聴いた時の印象が、最もニュートラルに良し悪しを判断できると言えそうです。

刺激的な音楽とは、、、それはフリージャズ

このブログをここまで読んだ人の中には
「ちょっと待って、わたしは刺激の強い音楽が好きだし、刺激が弱まると心地よいなんて信じられない」
と思う人がいるかもしれません。

脳にとっては音楽を聴くことじたいが刺激なのですが、ここで疑問になるのは、どういう音楽が「強い刺激」なのか?ということ。
たとえばヘヴィメタは刺激の強い音楽なのだろうか?という疑問です。

この疑問への答えについては諸説あるそうですが、いちばんスタンダードな説としては、脳への刺激の強さは「不確定性」、つまり「予期できない要素の度合い」によるということです。

つまり、音楽でもっとも強い刺激を感じるのは「知らない曲をはじめて聴く」ことだし、他にも転調や不協和音、スケールアウトフレーズなども「不確定性」が高くて強い刺激になるはずです。

逆に、ロンド形式や反復フレーズなどは脳への刺激が少ない音楽に分類されます。
ヘビメタなどは、たとえ音量がバカでかくてリズムが早くても、リスナーがそれをはじめから予期して聴きはじめれば、それは強い刺激ではないということ。
ヘビメタは様式美が魅力であり、人の脳にしてみればむしろ刺激の少ない音楽といえるかもしれません。
Jポップなども意外性といった要素は少ない音楽ですし、刺激の弱い音楽と言っていいかも。

「不確定性」ということで言えば、現代音楽とかジャズ(特にフリージャズ)がおそらく刺激の強い音楽になるんじゃないのかなぁと思いますね。

どんな音楽もいずれは「飽きてしまう」

「いや、ずっと繰り返し同じ音楽聴いているといつかは飽きちゃうでしょ」

という意見もあると思います。たしかに正しい意見。いつかは飽きちゃいます。

一見この意見は「聴けば聴くほど好きになる」単純接触効果からすると矛盾しているようですが、このことも脳の働きから説明が付くようです。

つまりこういうことです。
前に書いたように、脳は繰返し作業により「ストレスが軽くなっていく感覚」を「心地よい」と誤って判断しています。

もし、ここからさらに繰り返し作業を続けると、最後には脳がストレスに完全に慣れ、ストレスじたいを感じなくなってしまいます。
ストレスじたいが無くなると、とうぜん「ストレスが軽くなっていく感覚」を誤判断することもなくなり、心地よさじたいも消え去るのです。

これがいわゆる「聴き飽きた」という感覚につながっているのです。

飽きやすい音楽、飽きづらい音楽

これまでの話からわかることは、「不確定性」が多いストレスフルな音楽ほど、より飽きることなく繰返し聴くことができるということです。

ですが、現代音楽とかフリージャズみたいな「不確定性」が多すぎる音楽は、リスナーによっては脳内処理が多すぎると感じるようです。
ストレスがあまりに強すぎて脳が慣れるところまでたどりつけないのだろうと思いますね。

Jポップリスナーでも、現代音楽やフリージャズを繰り返し聴き続けるといつかは心地よく感じるようになるかもしれませんけど、そんな苦行のようなことをやるJポップリスナーはいませんよね。

ストレスフルだけど飽きの来ない音楽、心地よいけれど飽きやすい音楽、どっちもどっちな気もします。

個人的には単純接触効果の話を聞いて、これまで苦手だった現代音楽を試しにリピートで聴きつづけてみようかな、という気にはなりましたよ。

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