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“ジャズは死にかけている” と語ったライアン・ゴスリング

以前のブログ投稿で「これから読む」と書いていたネイト・チネン著「Playing Changes」の、まず第1章が読み終わりました。ふう。

第1章では21世紀のジャズを語るため、そこに至るまでの過程、モダンジャズからフュージョンの登場、そして現在にいたるまでの歩みを論評してくれます。
ジャズがいかに衰退し、いま現在はどこに希望があるのか。

第1章ではカマシ・ワシントンは、(ファラオ・サンダースやアリス・コルトレーンのような)スピリチュアル・ジャズの系譜を受け継ぎ、ジャズの枠を超えた人気を得る、最も影響力のある存在として描かれています。

以下は本を読んだ感想(チネン氏の見解そのままではないです)

“ジャズは死にかけている”

ジャズは死んだのか?という疑問は、もう60〜70年代からずっと繰り返されてきた問いのようですね。
「もうジャズは全く聴かれなくなった。なぜだ?なぜだ?」と。

ジャズが、音楽リスナーの人気を得て愛されている状態を「ジャズが生きている」とするならば、結論から言ってしまうと「ジャズは死んだ」、控えめに言っても「ほぼ死んでいる」という評価が妥当なのだと思います。

ただ、いまでも熱心なジャズファンほど「いや、ジャズは死んでいない」と信じたい気持ちは強いようです。
ジャズの世界とは関係ない人に「ジャズってもう終わっているんですよね?」と言われると激怒してしまう人もいるようです。
こういう風に言われたとして、それを「えー、まさか!ジャズはまだまだ現役ですよ(笑)」と軽くスルーできないのは、やはりみんなジャズがひん死の状態にあるという自覚があるのだと思います。

こういうアンビバレントな気持ちというのは映画「ラ・ラ・ランド」でジャズピアニスト役を演じたライアン・ゴスリングが言うセリフそのままです。
”ジャズは死にかけているんだよ”
” みんな「しょうがないよ。死期が近づいているんだ 」 と言うけれど、自分の時計ではそうはなっていない”

「Playing Changes」の第1章を読むと、本文に出てくる「ジャズを救済する(Save Jazz)」や、キリストになぞらえたジャズの「復活」といった表現からも、(少なくともチネン氏の中では)2000年代に入る段階ではジャズはひん死の状態にあり、復活を待っている状態だと考えていることがうかがえます。

動画はサタデーナイトライブで「僕はジャズを救ったんだよ」と ”ジョーク” を飛ばすライアン・ゴスリング

チネン氏も、カマシ・ワシントンの音楽を賞賛し、影響力のあるスポークスマンと認めつつも、
「カマシがジャズを救うことができるとしても、、いったいどんな方法で?」という一種あきらめに近い思いをのぞかせています。

そういう苦しい状況の中での希望の光を、この本の中でチネン氏は書こうとしているはずです。

誰がジャズをひん死に追い込んだのか

ジャズがアメリカ国内で大衆の人気を失っていったのは60年代から、ロックやポップスの台頭からです。ボブ・ディラン、ビートルズ、モータウンなどなどがリスナーをジャズから奪っていきました。
直接的にはロックやポップスがジャズを死に至らしめたということも言えるでしょう。

その後、ベン・ウェブスターのようにはアメリカを捨てヨーロッパへ活躍の場をもとめる人、フリージャズやフピリチュアルジャズのような新しいスタイルを模索する人、マイルス・デイビスやハービー・ハンコックのようにロックやファンクに接近する人、フュージョンやスムース・ジャズといったとてもジャズとは言えない音楽を演奏する人、さまざまなミュージシャンが現れました。
この辺りはジャズファンにはおなじみの話ですね。

簡単に言うと、60年代以降は、ジャズミュージシャンがジャズを捨て、リスナーの好みに合わせた演奏スタイルを選択してしまった時代ということなのでしょう。
それはミュージシャンの音楽的な欲求からではなく、主にカネのためだったということ(特にマイルス)

ジャズが死に至るきっかけはロックやポップスの到来だったのかもしれないですが、トドメを刺したのはミュージシャン本人だったということ
その時期にルイ・アームストロング(’71)やデューク・エリントン(’74)などの偉人が亡くなっていくということも象徴的です。

ウィントン:彼こそが救世主

第1章の途中から、トランペッターであるウェイントン・マルサリスの登場によるエピソードが多く語られます。(はっきり言ってカマシ・ワシントンのエピソードよりも分量は多いです)

(ウィントンと同年代のトランペッターである)スティーブン・バーンスタインがウィントンを初めて聴いたときの衝撃、そしてバーンスタインが先生から「まぁ気にするなよ。一生かかってもウィントンみたいには吹けないよ」と言われたエピソード

ウィントンは1983年のグラミー賞でクラシック部門とジャズ部門でノミネートされるのですが、受賞スピーチで自分のファンを「エリート・ジャズ・オーディエンス」と呼び、ビル・ラズウェルとの「Rock it」で同じくノミネートされていたハービー・ハンコックをチクリと攻撃するエピソード

おそらくウィントンは、ジャズが過去のジャズの遺産を受け継ぎつつ表現されるべきものでありつつも、(クラシックをベースとして大学で専門的に学ぶ)高い演奏技術を必要とするハイ・アートでもあると考えていたのだと思います。

「ジャズは常に変化する音楽」というフレーズを聞いて、その言葉をすんなり受け入れている人も多いと思います(そういえばピーター・バラカンさんもたしかそう言っていました)

ですが、ウィントンはジャズの変化・革新について、

「これまで聴いたことない”新しい”ジャズに価値があるというなら、ミュージシャンは別にジャズを学ぶ必要はないだろ?それは過去の伝統から断絶されたものであり、すでにジャズじゃないんだよ」

「ジャズの”革新”なんてのはまやかしだ。ジャズで使われているハーモニーはクラシックからの引用だ。ジャズの特徴はブルーノートとスウィングビード。それだけなんだ。音楽の価値はその構造じゃなくてサウンドが決めるんだ」

という風に思っているよう。

ジャズの伝統を捨て、リスナーに迎合した音楽はウィントンにとっては論外だということなのでしょう。

ウェイントンが音楽を監修した、ジャーナリストであるケン・バーンズによる2001年のドキュメンタリー「Jazz」が、全米で4000万人も視聴され、現在でもウィントンは最も有名なジャズミュージシャンになっている訳なので、彼の考え方や発言には説得力があったと考えられるのだと思います(キース・ジャレットなど、ジャズミュージシャンの代表のような顔をするウィントンのことを嫌うジャズミュージシャンは多いわけですが)

いま活躍するジャズミュージシャンを見ると、個人的には(カマシ・ワシントンではなく)ウィントンが考える方向にシーンは向かっているようには思います。

第一章はわりと60~70年代などの古い話も多かったですが、第二章はリード部分でブラッド・メルドーが登場するように現代の話になって具体的なエピソードも多いかも。
続きを読むのが楽しみです。

ちなみに「ジャズは死にかけている」という話に関して、ブランフォード・マルサリスのこのインタビューはとても面白いです。ウェイントンとの会話のエピソードなどもありますし。

Whether riffing on his new quartet album, his recent work with singer Kurt Elling, his dynastic jazz family, his formative experiences in Art Blakey’s Jazz Messengers, his teaching experiences (at institutions such as North Carolina…
Branford Marsalis Discusses the Genre, Teaching Music and Getting Up Early - DownBeat Magazine

最後に、第1章で取り上げられたアルバムのプレイリストはこちら

 

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