イングリッド・ラウブロック『The Last Quiet Place』

ドイツ出身でロンドンでの長い活動期間を経たのち、現在はアメリカを拠点に活動するサックス奏者イングリッド・ラウブロック(Ingrid Laubrock)

今回は彼女の新作『The Last Quiet Place』の紹介

彼女と共演歴も長いピアニストのクリス・デイビス主催のPyroclastic Recordsからのリリースです。

これは文句なく素晴らしいアルバムですね。

いちど通して聴き終わった時に「これは間違いなく年間ベスト候補だね」と思ったほどです。

もし「現代ジャズ」を(従来のジャズとは違う)ひとつの音楽ジャンルとするなら、その中でいま現在最も高い評価を受けているのはおそらくギタリストのメアリー・ハルヴォーソンだと思うのですが、ラウブロックも、『Contemporary Chaos Practices』(Intakt、2018年)や『Dreamt Twice, Twice Dreamt』(Intakt、2020年)、そして今回の『The Last Quiet Place』といった作品群で、そのハルヴォーソンに匹敵するほどの存在になりつつある、と感じています。

ちなみに『Dreamt Twice, Twice Dreamt』はこのブログでも取り上げました。

このラウブロックとハルヴォーソンのふたりは、デュオでの演奏も多いですし、トム・レイニー・トリオ(レイニー、ラウブロック、ハルヴォーソン)やその他にも多くのアルバムで共演していますね。(ちなみにレイニーはラウブロックの夫です)
音楽的にもかなり近しい関係なんだと思います。

デュオのような小編成からラージ・アンサンブルまで幅広い編成でのグループを率いている点など、音楽的な指向がかなり似ている、というかお互いに影響しあっているのかもしれません。
(強いていうならラウブロックの方がプレイヤー指向のミュージシャンなのかもしれませんが)

The Last Quiet Place

今回の『The Last Quiet Place』に参加しているメンバーはこちら

Ingrid Laubrock – tenor and soprano saxophones
Mazz Swift – violin
Tomeka Reid – cello
Brandon Seabrook – guitar
Michael Formanek – double bass
Tom Rainey – drums

この編成でのアルバムというのは初めてでしょう(おそらく)

7人編成で、ベースのフォーマネク、ドラムのレイニーなど共演歴の長いメンバーで固めつつ、ヴァイオリンのマズ・スウィフト(Mazz Swift)とチェロのTomeka Reid(トメカ・リード)の2人のストリングスの存在が目を引きます。

実際、この2人の存在がこのアルバムの音をかなり特徴づけているように思いますね。
柔らかい音色からザクザクと荒々しい音まで、刻々と表情を変えるふたりの弦の音と他のメンバーの絡みがスリリングです。

各メンバーがそれぞれ自由に、好きな時に好きなフレーズを挟み込んでいるように聴こえるのですが、良く聴くとお互いが緊密に結び合っている、そんな感じ。
かなり緻密にディレクションされているのだと思いますね。

そしてその緻密なアレンジをじっくり聴こうとしている時に、かならずと言っていいほど荒々しいギターでかき回すシーブルックのギターはアルバムの良いアクセントになってます。

余談

このアルバムに参加しているマズ・スウィフト、トメカ・リードのふたりについて、Hear in Nowというグループとの類似点をあげている人がいました(全然知らないグループでしたが)

Hear in Nowは、このふたりにイタリア人女性ベーシストSilvia Bolognesiを加えたトリオ(イタリアでのフェスをきっかけに作られたグループだからのようです)
2枚のアルバムをリリースしているのですが、これもまた素晴らしいグループ/アルバムですね

ヴァイオリンとチェロによる、メランコリックで印象的なメロディと荒々しいアウトフレーズがシームレスにつながり、緊張感があります。
リズムパートの役割はベースが担うのですが、ドラム入りの場合と違ってリズムが弦の響きを損なうこともなく、魅力的な編成だと思いますね
(Masadaもいろいろ編成がありますが、同じような理由でMasada String Trioが一番好きなのかも)

余談2

ジャズ曲にタイトルはあまり意味ないかもしれませんが、アルバム2曲目の「グラミー・シーズン(Grammy Season)」ってタイトルは意味深ですねw