ハフェス・モディルザデー(Hafez Modirzadeh)『Facets』レビュー

 

去年はじめてその存在を知って、ブログで取り上げたサックス奏者のハーフェズ・モディルザデー(Hafez Modirzadeh )ですが、彼の新作アルバム『Facets』がリリースされました。

モディルザデーのこれまでの活動などを書いた前回のブログ投稿はこちら

今回リリースされた『Facets』ですが、基本的にはサックスとピアノのデュオ演奏で、クリス・デイビスとクレイグ・テイボーン、そして珍しいことにドラマーのタイショーン・ソーリーという3人が交替でピアノを弾くという構成になっています。

Personnel
Hafez Modirzadeh – tenor saxophone (2-5, 7, 10, 11, 13, 15, 17)
Kris Davis – piano (3, 4, 6, 9, 12, 16)
Tyshawn Sorey – piano (2, 5, 8, 10, 14, 17)
Craig Taborn – piano (1, 7, 11, 13, 15, 18)

本職はドラマーのタイショーン・ソーリーがここまで本格的にピアノを弾いているアルバムというのは珍しいかも。ライブなどでは(クラシックの現代音楽っぽい)ソロ・ピアノを弾くことがあるみたいですけど。

アラビック・マイクロチューニング

この『Facets』というアルバムですが「ピアノをアラブ音階に再チューニングして演奏する」という点が大きなコンセプトのようです。

実はモディルザデーは、2012年のアルバム『Post-Chromodal Out!』ですでにこのピアノをアラブ音階に再チューニングするという試みを行っていますね(この時のピアノはヴィジェイ・アイヤー)
『Post-Chromodal Out!』はクインテット編成だったのでそこまで微分音の響きが目立つことは無かったのですが、今回の『Facets』はサックスとピアノのデュオというスタイルを取ることで、この微分音ピアノのコンセプトをクローズアップしたようなアルバムになっています。

ちなみに、『Post-Chromodal Out!』も今回の『Facets』も、収録されているほとんどの曲は「Facet ○○」という曲名です。
これは「Facet」というひとつの曲(というよりモードみたいなもの?)をさまざまなアレンジで演奏した変奏曲が収録されている、という事のよう。

このピアノの再チューニングというテクニックについて、モディルザデーはインタビューでこのように語っています。

平均律にチューニングされたピアノの音律は、演奏者や聴き手に影響力を与え、多くの人がこの音律以外の共鳴は存在しないと信じてしまうのです。これは不公平な価値観を生み出し、最終的には他の調律の可能性の発見を制限してしまいます。

世界の音楽に圧倒的な影響を与えている唯一の楽器であるピアノを調律し直すことで、音楽家はあらゆる調性の可能性を探求することができるのです。
このコンセプトは彼がもともと「クロモダリティ」と呼んでいたシステムの集大成であり、ペルシャの音色と西洋の平均律を融合させた和声の可能性を探るために開発されたものです。

このシステムではすべての音程が共存できるように進化し、音楽家はそれぞれの個性的な声で、文化的背景を問わず、あらゆる音色の可能性を探求することができるようになるのです

という「ピアノの調律でそこまで言う?」というくらいハイプな感じのコメントなのですが、ただ単にアラブ音階にチューニングするだけでなく馴染みの平均律と異質なアラブ音階をピアノのパートによって混在させることにより、他にはない神秘的な美しさを表現しようといったかなり凝った仕掛けも行っているようです。

3人のピアニスト

このアラブチューニングについてですが、事前に楽譜は送られていたようですがチューニングし直されたピアノを演奏するのはレコーディング当日だったようで、3人のピアニストにとっては普段の演奏とは勝手の違う大変なレコーディングだったのかも。

このアルバムのコンセプトを見てみるとかなりチャレンジングで、「これはかなり難解なのでは?」と身構えてしまってはいたのですが、これがなかなか旋律の美しさにあふれた聴いていて楽しいアルバムになっています。

無調の、アヴァンギャルドな旋律になりそうなところにふわっとアラブ旋律が立ち上がってきたり、常に予想とは違う音が鳴らされてきて、これがかなり快感なのですね。

3人のピアニストの違いも聴いていて面白かったですね。
アルバムの後半はクレジットを見なくても「あ、これはクリス・デイビス」「これはソーリーだな」とわかるようになります。
おそらくこのアラブ・マイクロチューニングの響きを最もストレートに表現しようとしていたのがクリス・デイビス。彼女がいちばん事前に準備してきたんじゃないかな。マジメ。
テイボーンは、変則チューニングの中でなんとか自分の普段やっている調性された音階を美しく響かせようと試行錯誤しながら弾いているみたい。
そしてソーリーはアラブチューニングも全く意に介さず、パーカッシブで無調の音を淡々と弾くという感じですね。

2曲のモンク・チューン

またこのアルバムで目につく点として、セロニアス・モンクの “Pannonica “と “Ask Me Now “を取り上げていますね。モンクの音楽についてクリス・デイビスは次のように語っています。

モンクは、メロディの下の音を一瞬だけ微妙に加えることでピアノの音をベンドさせる効果を狙っていました。ハーフェズの調律システムと今回取り上げたモンクの曲との間にはつながりがあることがすぐに分かりました。
もしモンクがチューニングし直したピアノで弾かれた自分自身の曲を聴いたら、モンク自身も自分のピアノをチューニングし直すことを考えるだろうと信じています

とのこと。
まぁさすがにそれは言い過ぎだろう、、とは思うのですけどね。

 

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