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ザ・ワールド・イズ・ゲットー

元クレズマティックスのメンバーであり、トランぺッターのフランク・ロンドンの新アルバム『Ghetto Songs (from Venice and Beyond)』の紹介

フランク・ロンドンは過去のアルバムをまとめて取り上げたこともあり、このブログでは別格なミュージシャンですね。

『Ghetto Songs 』は、もともとは1516年にヴェネツィアのゲットーが開設されてから500年目の節目のイベントでの演奏がきっかけとなって作られたアルバム。
この時に書かれた曲はヴェネツィアでの初演後にも世界各地のイベントで演奏され、その音源をアルバムという形でリリースしたということです。

ヴェネツィアには「ゲットー」と呼ばれた最初の場所があり、16世紀のヴェネツィアでユダヤ人が強制的に住まわされていた広場です。ユダヤ人の居住区は古代の銅鋳造所(ゲト)で汚染された最も不健康な場所に置かれたことが起源です。その後に「ゲットー」という言葉は広まり、20世紀初頭にはあらゆる少数民族の都市の混雑した居住区を表す言葉として一般化していったという歴史があるそうです。

このアルバムで演奏される曲は多くはロンドン自身が作曲しているのですが、ゲットーが世界の各地に拡がっていく歴史を踏まえた多くのカヴァー作品も演奏されています。

・17世紀にヴェネツィアのゲットーで演奏された音楽と詩(2)(7)(12)
・ポーランドのクラカウのイディッシュ民謡(3)
・マラケシュのユダヤ人街(メラ)で演奏されたピユート(ユダヤ教の典礼詩)(5)
・ケープタウンのゲットーから生まれたクウェラ(ラグライムやジャズから派生したジャンル)(8)
・歴史上のカントールである、ゲルション・シロタの曲(11)
・ファンク/ソウルグループWarによる1972年のヒット曲『TheWorld is a Ghetto』(9)

といった具合に、ゲットーにちなんだバラエティ豊かな曲のカヴァーが収録されています。
※Warのカヴァーは半分ジョークだと思いますけどね。ギタリストのブランドン・ロスがヴォーカルを担当していますが、ほぼカラオケみたいな感じです。

オペラ、カントール、ジャズ

このプロジェクトですが、これまでのフランク・ロンドンのアルバムとはかなりテイストの違う興味深いミュージシャンが参加しています。

もっとも意外で、このアルバムを性格づけているのはレバノン系アメリカ人のテノール歌手であるカリム・スレイマンの参加ですね。
7曲に参加していてかなり目立っていて、はっきり言ってロンドンのトランペットよりもウェイトが高いです。ルネッサンスとバロック音楽の専門家であるスレイマンは2019年のグラミー賞最優秀クラシック・ソロ・ボーカル賞を受賞しているということで、ガチのクラシック・テノールですね。

個人的にはオペラは面はゆいというか聴いていて居心地の悪さを感じるのでほとんど聴くことはないのですが、このアルバムではアクの強いジュイッシュメロディーにのせて歌われるスレイマンのテノールはすっきりと聴けてしまいます。
逆にこのスレイマンの歌が苦手だと、このアルバムも聴けなくなるのでしょうね。

他にも、男女ひとりづつユダヤ音楽のカントールが参加しています。
ひとりは世界中でイディッシュ語の歌を学び現在はベルリンで活躍するカントールのスヴェトラーナ”スヴェタ”クンディッシュ。
もうひとりは、ブルックリンで活動をはじめ名だたるカントールから指導を受け、新世代のカントールとしては最も卓越した歌手という評価を得ている(らしい)ヤコブ・”ヤンキー”・レマー。

カントールの歌をフィーチャーしたフランク・ロンドンのアルバムは意外に少なくて新鮮なのですけど、カントールの歌とロンドンの書くシリアスでドラマチックな曲調がすごく良くマッチしていると思いますね。

ロンドンのアルバムではロリン・スクランバーグがヴォーカルを取ることが多いのですが、あのひょうひょうとした歌は個人的にはちょっと苦手かも。
ロンドンのアルバムではこの『Ghetto Songs』と同じくカントールをフィーチャーした『Hazònos』みたいなアルバムの好みですね。
「いや、スクランバーグのあの声こそがクレズマーだよ」と言われると、まあその通りなのかもしれませんけど。

他の参加メンバーとしてはギタリストのブランドン・ロス。これはちょっと意外な組み合わせですね。(ユダヤ系じゃないし)
チェロ奏者のマリカ・ヒューズは、西海岸を拠点に活動するネオ・クラシカル系の演奏家。ヴァイオリンのCarla Kihlstedtなどと共演も多いですね。Charming Hostessの一員としてTzadikからアルバムをリリースしたりもしています。

ベーシストのグレッグ・オーガストという人はクラシックのコントラバス奏者のよう。ただライブ映像では、オリジナル・マサダのベーシストであるグレッグ・コーエンが参加したりもしていましたね。グレッグ・コーエンはひさしぶりに聴いた気がします。
ドラムはケニー・ウォルセンが担当しているようです。

という感じで、普段のロンドンのアルバムとはテイストの違う参加メンバーと、世界各国のゲットーを題材とした意欲的な曲を聴けるなかなかに貴重なアルバムだと思います。
基本的にはテノールとふたりのカントールの歌をダイナミックに聴かせるアルバムで、その狙いはかなり成功していると思いますけど、ロンドンのトランペットや他のメンバーのインスト中心のアルバムなんかも聴けたらもっとうれしかったかも。

追記

『Ghetto Songs』とは関係ないのですがフランク・ロンドンの長いインタビューがweb記事に載っていました。

Frank London talks hyphenated Jewish-American identities, klezmer as the bridge between East and West, and the synergistic parallels between Hasidic nigunim and the music of Albert Ayler
Frank London Part One - theingathering.substack.com
Frank London talks about the Klezmatics, 1990s Jewish New York, and the oversized influence of Rabbi Shlomo Carlebach
Frank London Part Two - theingathering.substack.com

毎週末ウェディング・バンドで演奏したエピソード、ロンドンが全く知らなかったというハシディック・ソングとの出会い、クレズマティックス結成時のエピソード、名作と言われるクレズマティックスの2nd『Rhythm and Jews』を本人は気に入っていないことなど、今まで読んだことないエピソードがたくさんの貴重なロングインタビューです。当時のニューヨークでのクレズマー音楽を取り巻く空気感なども良くわかります。

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