デビッド・シェイ(David Shea)『The Thousand Buddha Caves』レビュー

サンプリング/コラージュのパイオニアで、今ではすっかりドローン/アンビエント音楽家となった感のあるデビッド・シェイ(David Shea)ですが、彼の新作アルバム『The Thousand Buddha Caves』が2020年の12月にリリースされています。

前作『Rituals』が2014年リリースなのでその当時の記憶は全くなくて、デビッド・シェイというとなんとなく”かつて活躍したの過去のミュージシャン”というイメージがあったので、「シェイの新作が出る!」というニュースをリアルタイムで聞くとなんだか不思議な感じです。

この新作についてですが、アルバム内容の前にまずこの動画を観てほしいです。

これは彼の55歳の誕生日にライブ録音された動画なのですが、オーストラリアの深い森の中でシェイが一人でキーボードを弾きながらラップトップを操作しており、その姿を超ロングショットで撮った動画です。

演奏するシェイ自身もあまりに自然と同化しすぎて、鳥がときおりカメラの前を横切ったり、カメラを揺らしたりしていますね。

シェイはリアルタイムでライブ演奏するというイメージは無かったので、このライブ演奏はかなり新鮮です。
こういった電子音楽の演奏は映像で観ると新たな発見があって楽しいですよね。
「あ、このタイミングでラップトップにキューを出しているのね」みたいに、人による操作と音の変化の関係が良くわかります。

このブログ投稿(2020年3月)時点で閲覧は数百しかないのですが、シェイの音楽を聴いたことがある人なら必聴だと思います。
かつてのコラボレーターであるScanner がコメントを寄せているのもアットホームですね。

サンフランシスコ、ブリュッセル、メルボルン

デビッド・シェイって活動初期はニューヨーク、その後はサンフランシスコで活動していたイメージですが、今ではオーストラリアに移住しているのですね。
前作のアルバム『Rituals』と今回の『The Thousand Buddha Caves』の2作は、オーストラリアをベースに活動するアンビエント/ドローン作家ローレンス・イングリッシュのレーベル”Room40″からリリースされているようです。

これまでのシェイのアルバムを多くリリースしてきたSub Rosaもベルギー/ブリュッセルのレーベルですけど、まあシェイが演奏するようなタイプの音楽は、本国アメリカではお呼びではないということなんでしょうね。
電子音楽/クラブミュージックが盛んなのはベルリン、ブリュッセル、メルボルンといった都市らしいので、シェイがオーストラリア/メルボルンに移住したというのもいたって自然なことなのかも。

仏教、禅、シルクロード

今回のアルバムは『The Thousand Buddha Caves』というタイトルからわかる通り、仏教を(チベット仏教)をモチーフにしたアンビエント作品になっています。

もともとシェイは、東洋文化へのオマージュを(かなり明解なかたちで)作品に反映させてきた人。このアルバムのBandCampページには、かつてNHKが制作したシルクロードのドキュメンタリーを観て、その中で描かれる文化と人が交流するさまがに心打たれたと書いていますね。

具体的なアルバムをあげると、サンプリング/コラージュの手法を用いて香港映画やブルース・リーへの愛情をアルバムに収めた『Hsi Yu-Chi 』(Tzadik, 1994)、ジューズハープやホーメイを取り入れ禅や瞑想といった要素を表現した『An Eastern Western Collected Works』 (Sub Rosa, 1999)、そしてこれまでの東洋文化へのオマージュをアンビエント/ドローン作品として仕上げた前作『Rituals』といった作品があります。

たまたまかもしれないですけど、これらの作品はシェイのディスグラフィーの中でもベストの作品たちだと思いますね。(あとはクラブミュージック風の『Satrycon』を加えれば完璧)

基本的には、『The Thousand Buddha Caves』は前作『Rituals』からの路線を引き継いでいると思いますが、シンギングボウルやチベット声明などのチベットっぽいアイテムが効果的に使われ、フィールドレコーディングのサンプリングが多めになっている感じです。

こういった感じのシンギングボウルや声明が入ったりする曲は、「ヨガ」「スパ」「リラックス」「ニューエイジ」みたいなくくりで誰が作ったのかわからないよう似たような曲が世の中に山ほどあふれていて、そんな中でこういうアルバムをリリースするというのは中々チャレンジングだな、とも思います。

ただシェイの『The Thousand Buddha Caves』はさすがにそんな適当なものじゃなくて、絶妙のタイミングで切り替わる展開や時折ハッとさせられる意外な音のインサートなど、穏やかな中に音楽的なトリックと緊張感がちりばめられたアルバムになっていると思います。さすがです。
あまりアンビエント/ドローン音楽には詳しくないので、このアルバムが世間的にはどういう評価を受けるのは興味あるところですね。

移り変わりの激しい音楽シーンの中で、彼のように自分のペースでリラックスした作品を作れることは尊いのだと思います。
また5年先、なんなら10年先かもしれないですけど、シェイの次回作を気長に待ちましょう。

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