クレイグ・テイボーンの作る 60秒×60曲の音空間

今日は、ECMから『Shadow Plays』というタイトルのピアノソロ即興ライブ盤のリリースされる予定の、ピアニストのクレイグ・テイボーン(Craig Taborn)についての話題。

ECMは今では最も注目を浴びるジャズ・レーベルとなり、この『Shadow Plays』も発売前からかなり話題に上がっていますね。

ですが今日はその話ではなく、テイボーンが裏でこっそり始めた、『60 × Sixty』という、コンセプチュアルなホームページについて。

これ見てください。
ウェブ画面中央にあるのは(説明文を開く)「!」の文字、そして中央に「play」のみ。

「play」を押すとブラウザ上からテイボーンの曲が流れるのですが、60秒の曲が60曲、トータルきっかり60分の音源になっています。
曲のタイトルも無く、playボタンを押すごとに曲がシャッフルで再生されます。

一度プレイボタンを押したら早送りもスキップも不可で、停止ボタンすら無いということ。そのため全ての曲を聴くには60分通して聴き続ける必要があります。

また、そしてこの楽曲リストは今後、追加や削除されるかもしれないらしいです。

いやー、これは中々ユニークなコンセプトですね。
「音楽の聴き方」みたいなことの意味を考えさせられます。

どういうことかというと、音楽リスナーは基本的にはミュージシャンが演奏する曲を聴く受け身の立場なのですが、そんな中でもリスナーができる数少ない行為が「曲の選択」「一時停止」「スキップ」で、それがこのアルバムでは全くできないんですよね。

料理に例えると(最近、音楽を料理に例えるのが好きなんですが)、フレンチレストランで「注文する料理をメニューから選べない」とか、「料理が出されたら(会話を楽しむとかなしに)すぐ食べないといけない」とか、「出された料理を全部食べないと次の料理が出されない」とか、そういう状態になっています。

リスナーができる事といえば音楽のボリュームを自分で決めることくらいと、かなり限定されてしまっています(料理でいえば熱々料理をフーフーして冷ますみたいな)

まあこういう状況はライブ演奏に近いのかもしれませんが、『60 × Sixty』を再生させていると、否応なく「音楽とどう向かい合うか」について考えさせられます。

 

さて、この音源のこういったコンセプチュアルな面はさておき、肝心のテイボーンの演奏の話。

おそらくこの音源は全てテイボーンひとりで演奏されているのですが、今までにないくらい電子音楽が多くフィーチャーされています。
電子音楽とソロ・ピアノがシャッフルされて演奏されていて、分量的にたぶん電子音楽とソロ・ピアノが7:3くらい。

彼がここまではっきりと電子音楽を取り上げたのは初めてなんじゃないかと思いますね。
もともとシンセなどの使い方にこだわりがある人という印象ですが、それはあくまで音作りの範疇だったと思います。

2020年の『Junk Magic』は基本的にはバンドによるジャズ演奏なのですが、ダーク・アンビエント風のバックトラックが付けられていてかなり新鮮だったのですが、今にして思うとこの頃から電子音楽家の顔を見せはじめていたのかも。
(この『Junk Magic』じたいは、ダークすぎ、抽象的すぎ、という感じであまり好みのタイプのアルバムでは無かったのですけど)

ここまで電子音楽の要素を自分の音楽に取り入れている人って、ジャズの世界ではかなり異質ではありますね。テイボーンの他にはピアノストのマット・ミッチェルくらいしか思いつかない。

今回の60 × Sixtyでは電子音楽の中でも特にアンビエント・エレクトロニカっぽくなっていて、個人的にはかなり好みのタイプですね。ホントに好き。
わかりやすく言えばオウテカっぽい電子ビートや、Tetsu Inoue風のカットアップっぽい音加工がされた曲が多いです。この二人と比べるとよりノイズを多用していて、もっとザクザクとした粗い感じの音作りなのかも。
(こういうジャンルに疎くて、例えのボキャブラリーが少なくてすみません)

個人的にはこの『60 × Sixty』のような演奏が、アンビエントやエレクトロニカにおける「時代に流されない優れた」音なんじゃないかと思うのですけどね。
反面、新しさやオリジナリティは希薄なので、ガチの電子音楽アーティストは2021年にこういう音源をリリースしない(できない)のかもしれないのですが。

ちなみにクレイグ・テイボーンは実はデトロイト生まれ。
デトロイト・テクノのカリスマであるカール・クレイグとは1歳違いで、彼がInnerzone Orchestra名義で出したアルバム『Programmed』にテイボーンは参加しており、かつては個人的な交流があったみたい。
この時はおそらくセッションキーボード奏者として呼ばれたのだと思うのですが、もしかするとこの時からずっとテイボーンの中にはふつふつとデトロイト魂が燃えていたのかも(意味不明)

まあでも60 × Sixtyのようなコンセプトも面白いといえば面白いですが、次にリリースするならBandCampなりストリーミングで普通に出して欲しいというのが本音ではあります。

あ、あと合間にインタールード的に挟まれる彼のソロ・ピアノも(1分と短いですが)聴きどころが多いですね。
ひねたフレーズとリズムが聴いていてクセになりそうです。

『Shadow Plays』と聴き比べるのも楽しいかも。