セシル・マクロリン・サルヴァント『Ghost Song』

 

現代最高のジャズ・ミュージシャン、ヴォーカリストであるセシル・マクロリン・サルヴァント(Cécile McLorin Salvant)による新作アルバム『Ghost Song』の紹介

オリジナルアルバムとしては、2018年の『The Window』以来ということで、実に4年ぶりのアルバムリリースになります。

『OGRESSE』

アルバム紹介の前に、前回のアルバムリリース以降の彼女の活動について少し紹介。

前回のアルバムリリース以降では、(天才基金とも言われる)マッカーサー・フェローの受賞などの話題もありましたが、この受賞に大きく影響したとも言われたのが、2018年に公開された『OGRESSE』というマルチメディア作品です。

『OGRESSE』は森の中で人を食べる女の怪物(Ogresseはオーガ=Ogreの女性形)が人間に恋をするという寓話・おとぎ話という事です。なんとなくティム・バートンを連想させるようなモチーフですね。

サルヴァントは自身で登場キャラクターのイラストを書いて、それを85分のアニメーション作品として完成させ、またそこで使われる音楽も作曲しています。
(彼女のホームページを見ると、彼女の書いた原色をふんだんに使った印象的なイラストを見ることができます)

『OGRESSE』のティーザーはこちら

ここで書かれた音楽は、13人のラージ・アンサンブルによって演奏されており、アニメーション上映とともにメトロポリタン美術館など全米の各地でライブを行ったそうです。

このアンサンブルのアレンジと指揮を行ったのがダーシー・ジェイムズ・アーギュー(Darcy James Argue)で、彼はマリア・シュナイダーの登場以降のジャズ・ラージ・アンサンブルの世界では最も注目を浴びているひとりだとか。

『Ghost Song』

今回の『Ghost Song』というアルバムは、(アルバムのテーマは別として)アルバムの制作手法や全体の雰囲気は『OGRESSE』の延長戦上にあると言って良いアルバムですね。

『Ghost Song』では、オープニングとエンディングでアイルランドのシャーン・ノスっぽい歌を歌ったり、聖歌隊のクワイアが挿入されたり、アルバム全体におとぎ話・神話的な雰囲気を感じさせる仕掛けが多く聴くことができます。他にも両作品でバンジョーが印象的に使われていたり。

またこのアルバムの曲はほとんどサルヴァントが書いいるのですが、いくつかカヴァーも収録されています。
このカヴァー曲も、 ケイト・ブッシュの「Wuthering Heights」、「オズの魔法使い」の曲「Optimistic Voices」、スティングが映画の主題歌として書いた「Until」、クルト・ワイルの「The World Is Mean」といったあまりジャズでは馴染みのない曲が選ばれていますね。

また固定メンバーではなく曲ごとに参加メンバーを細かく変更しているところも、ラージ・アンサンブル的でこれまでの彼女のアルバムと違う点ですね。
最も多くの曲で参加しているのは、彼女の長年のコラボレーターであるピアニストのサリヴァン・フォートナー(Sullivan Fortner)ですけど、彼にしても全曲に参加している訳ではないです。

『OGRESSE』にも参加していたフルート奏者アレクサ・タランティーノ(Alexa Tarantino)は、このアルバムの唯一のリード楽曲奏者として今回の『Ghost Song』でも大きく取り上げられていました。

要するに今回のアルバムはジャズ要素はほぼ無いのですよね。

むしろミュージカルや映画音楽、オペラに近いんだと思いますね。
もっとシアトリカルな雰囲気で、ライブハウスではなくコンサートホールで聴くような音楽とも言えます。

今回のアルバムでも彼女の表現力と声をコントロールする力量は圧倒的で聴いていてほれぼれするのですが、これまでの彼女のファンからすると異色作・問題作ということになりそうな気はします。

これまでの彼女のアルバムというと、彼女のキャラクターやその声質もあいまって、基本的には陽気でポジティブなオーラをまとっていたとは思うのですよね。
それが今回はちょっとヘヴィーな不安や焦燥感を感じさせる曲調が多いです。

最近では、テレンス・ブランチャードの『Fire Shut Up in My Bones』、ウェイン・ショーターとエスペランザ・スポルディングの『Iphigenia』、またサルヴァントと同じくマッカーサー・フェローを受賞したタイショーン・ソーリーの『Save the Boys』など、ジャズ・ミュージシャンによるオペラがたびたび話題になっています。

ここにあげた一連のオペラ作品のリスナーと、サルヴァントの『OGRESSE』や今回の『Ghost Song』のリスナーはかなり重なっているようにも思いますね。

こういう「ジャズのクラシック化」みたいな事はたびたび言われているのですが、どうしてもスノッブな雰囲気も感じられて、ジャズにとって良い事なのかどうかは正直よくわからない感じですね。

サルヴァントの今回の『Ghost Song』も、自分なんかはむしろ今までにないテイストの曲が聴けてお得感も感じるのですけど、今後のアルバムもずっとこんな感じだったらそれはそれで困っちゃうかもしれません。

Cécile McLorin Salvant『Ghost Song』

Cécile McLorin Salvant, vocals (1-7, 9-12), piano (6, 8, 11)
Paul Sikivie, electric bass (1), bass (4, 7, 10), synthesizer (1), production (1)
Sullivan Fortner, piano (2-5, 9-11), vocals (3, 11), Fender Rhodes (3)
Alexa Tarantino, flute (2, 5, 9)
James Chirillo, banjo (2, 5, 9)
Keita Ogawa, percussion (2, 3, 5, 9, 11)
Burniss Travis, bass (3, 11)
Marvin Sewell, guitars (3, 11)
Kyle Poole, drums (4, 7, 10)
Aaron Diehl, piano (7, 10), pipe organ (6)
Daniel Swenberg, lute, Theorbo (10)
Violette and Iris McLorin Picot, vocals (11)

 

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