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「あなたの音楽選びは間違っているし、それは科学的に証明されている」

映画『マネーボール』 〜専門家ですら正しい判断をできない〜

ブラッド・ピット主演の『マネーボール』という映画を観ましたか?

この映画は、予算がない弱小球団である大リーグのオークランドアスレチックを舞台にGMであるビリー・ビーン(=ブラッド・ピット)を描いた映画です。
ビリー・ビーンはある日、他のチームの職員として働いていたピーター(ジョナ・ヒル)から、選手の成績をデータ化して評価するサイバーメトリクスという手法を聞き、興味を持ったビリーは彼を自分のチームに引き抜きます。
ビリーは、古くからチームにいる野球スカウトの意見ではなく、ピーターと共にこのサイバーメトリクスを使うことで、これまで注目されずに埋もれていた選手を発掘し、チームを立て直すというストーリー。

この映画に出てくる野球スカウトたちは、選手選びに自分たちの経験とカンに頼るあまり選手の実力を思い込みで判断してしまいがちで、チームにとって必要な選手を見逃してしまう頭の固いおじさんたちとして描かれています。

スカウトたちの失敗の理由はすでに研究で解明されている

「マネーボール」を書いた作者のマイケル・ルイスは、この本の出版後のある読者からの反応に興味をひかれたそうです。
その反応とは
「スカウトたちが判断を誤るのはスカウトの能力の問題でも彼らが怠惰なのでもない。それは”認知バイアス”のせいであり、そのメカニズムはダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーらの行動経済学の研究によって解明されている」
というもの

そしてこの読者の言うことは正しかったのです。

その後、マイケル・ルイスは行動経済学にスポットをあてた「かくて行動経済学は生まれり」という本を書くことになります。

それは認知バイアスかもしれない

音楽に関するブログを投稿するようになって、この行動経済学の話を思い返すと、もしかして自分が好みだと思って聴いている音楽も、周りからの”何か”に影響されているのでは?さほど良くない音楽を良いものと錯覚しているだけでは?という気になってきました。

認知バイアスにはさまざまな種類があり、その数は数十種類にものぼります。
その中で音楽リスナーに関係ありそうなものをちょっと抜粋してみます。

ハロー効果

これは物事の目立つ特徴が、その他の面に影響を与えるという現象。

例えばルックスの良いミュージシャンは、その音楽も素晴らしいと思いがちです。
他にも、ミュージシャンの生い立ちやデビュー当時のエピソードがエモーショナルであるほど、作りだされる音楽も感動的で価値があると感じてしまいます。

これは思い込みではありません。

本人にはルックスの良い(または音楽以外のエピソードが感動的な)ミュージシャンの音楽は素晴らしいと、” 実際に ” 聴こえているのです。それほどバイアスの脳への影響は強力だということです。

ハロー効果は、逆のマイナスな印象についても当てはまります。
ミュージシャンが何か不祥事を起こすと(チャゲアスの飛鳥さんとかピエール瀧さんとか)、「がっかりした」「もう彼らの曲は聴けない」という意見がでます。
これも思い込みだけの話ではなく、マイナスの印象が彼らの曲を実際に色あせて聴こえさせているのです。

アンカリング 数字による暗示

ある事象の評価が、ヒントとして与えられた情報(特に数字)に引きずられてしまうこと。

バイアス評価のテストで、次のようなものがあります。
まず、ルーレットでランダムに1から100までの数字を選んでもらいます。
ある数字を選んだところで
「国連加盟国に占めるアフリカ諸国の割合は、あなたがいま書いた数字より大きいか小さいか?」
という質問をするとします。
すると、ルーレットで(60など)大きい数字を引いた人は、加盟国の数も大きめに答えてしまいます。
逆に(5など)小さい数字を引いた人は加盟国数も低めに答えるようになります。

もし普通に「国連加盟国に占めるアフリカ諸国の割合は?」と訊いた場合は、みんなだいたい同じような答をするのに、ルーレットの数字が全く関係ない国連加盟国の数に影響を与えてしまっているのです。

このバイアスは強力です。
「ルーレットの数字にはアンカー効果があるので無視するように」とあらかじめ注意してから同じテストを行っても、どうしてもルーレットの数字に影響されてしまいます。

音楽にもわかりやすい例があって、たとえば同じ曲でも
 「ビルボードで10週連続1位を更新中」
と言われて聴いた印象と
 「ビルボードのベスト50に今週はじめてランク入りした曲」
では印象がまったく違って聴こえます。
音楽の良し悪しがチャート順位という数字に影響(アンカリング)されているのです。

WYSIATI バイアス / 自分の見たものが全て〜What you see is all there is

人の脳はあまりメモリに余裕がなく、すぐに確認できる限られた情報しか考慮せずそれが情報のすべてだと思い込もうする傾向があります。
第一印象がすべてであり、まさに脳は「結論に飛びつくマシン」なのです。

あるテストで、AさんBさん2人の人間の性格を以下のように順番に説明するとします。
Aさん;頭がいい、勤勉、直情的、批判的、頑固、嫉妬深い
Bさん;嫉妬深い、頑固、批判的、直情的、勤勉、頭がいい、
AさんBさんともに同じ個数の同じ説明を(ただ順番を変えて)しているだけなのに、説明を受けた人はAさんにより良い印象を持つようになります
はじめに聞いた単語の印象が強く、あとの言葉はその印象から抜け出すことができないのです。

これは音楽の場合では、初めて聴いた曲の印象が2曲目以降に聴く印象をガラッと変えてしまうことを意味しています。

確証バイアス

これは、自分の考えとは相反する事実を無視するか極端に過小評価するというもの。
簡単に言うと、自分の好きなミュージシャンや好きなジャンル以外の音楽を過小評価する、受け入れなくなるというバイアスです。

聴く音楽のジャンルが偏りがちなのは、この確証バイアスの影響とも言えます。
さらに、いまのソーシャルメディア全盛の時代では、フィルターバブルにより自分と反対の意見は目にする機会が自動的に減っていく為、この確証バイアスが増幅され、補強される傾向にあります。

専門家の意見はあてにならない

マネーボールの映画で描かれているように、こういったバイアスからはたとえ専門家(音楽ジャーナリスト)であっても逃れられません。

他にも専門家が陥るバイアスに、情報バイアスと言われるものがあります。

これは、サンプルが少ない状態での意志決定を不安に思うあまり、あきらかに不要な情報でも必要だと思い込んで集めてしまうことです。
そして専門家は自分は「多くのサンプルからでも正しく取捨選択ができる」と思いがちです。しかし、実際には情報過多でノイズが増えた状態ではもろもろのバイアスの影響をさらに受けやすく、とても最適な判断はできません。
むしろ、コストと時間をかけた分、そのバイアスも強固になることさえあります。

バイアスから逃れる方法は、ほとんどない

認知バイアスのやっかいなところは、あまりに強力でその存在を知ったからといって防げる訳でもないということです。
繰り返しですが、同じシチュエーションに置かれれば「全ての人が」「同じように」「何度でも」誤った判断してしまうのです。

だまし絵みたいなものですよね。だまし絵とわかっていても「正しい」見かたはできないです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/

満足ならそれで良い?

「バイアスがもしあるとしても、本人には素晴らしいと聴こえていてそれに満足しているのだったら問題ないのでは?」と思う人もいるかもしれません。
まるでプラシーボ効果のような話ですよね。

※プラシーボ効果:「これは頭痛に良く効く薬ですよ」と言ってただの砂糖水を飲ませても、頭痛が治ってしまうといった、脳が体に影響を与える効果のこと

プラシーボ効果で頭痛が治っている時は確かに良いのですが、少しでも効果に疑いを持つと(ただの砂糖水なので)まったく効かなくなります。

音楽リスナーの認知バイアスもプラシーボ効果と同じ話です。

バイアスによるブースト効果で素晴らしい思い込んでいた音楽は、落ち着いて聴きかえしてみると徐々に色あせて聴こえてくるはず。
脳の早とちりの影響が薄まると、音楽に対して本来の評価ができるようになりますから。
良く「このアルバム、しばらく聴いて飽きてきた」と思ってしまうのは、飽きたのでは無くただバイアスによるブースト効果が切れてきただけなのかも。

バイアスを取り除くには

こういったバイアスを排除して音楽を「正しく」評価するための決定的なうまい方法は、いまのところなさそうです。

音楽をなるべく長い期間、いろんなシチュエーションで(家のステレオ、スマホ、カーステなど)音楽を聴いてみて、なるべくバイアスが解けた状態で音楽の良し悪しを判断した方が良いのでしょう。

昔の人は意図的ではないにしろ、いまよりも長い時間をかけてひとつの音楽を聴いてきたのだと思います。
ザッピングのように次から次へ音楽を聴いては次の音楽へ移っていく今の時代の聴き方では、認知バイアスの影響から逃れるのはかなりの難題ですね。

映画『マネーボール』について、原作を読んでいない人に少し補足

マイケル・ルイスの原作を読むと、『マネーボール』の映画で描かれる当時のスカウトたちの姿はかなり脚色されているようです。
当時のスカウトたちも、実際はそこまで能無しではなかったようです。

映画で、サイバーメトリクスを採用する前年ヤンキースに移籍したジェイソン・ジアンビは、サイバーメトリクスを使っても最高評価の選手でした。ジアンビはもちろん当時のスカウトが選んで連れてきた選手です。

また、映画ではピッチャーの話題はあまり出ませんでしたが、ピッチャーの評価はスカウトとサイバーメトリクスではかなり近かったようです。
バイアスに引っ張られたスカウト達が気づかなった選手の価値をサイバーメトリクスが見つけ出したというのはたしかですが、当時のサイバーメトリクスの効果も限定的でそこまで万能ではなかったということですね。

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