アンナ・ウェバー『Idiom』レビュー

2019年のアルバム『Clockwise』が絶賛と言ってよいほど海外のジャズメディアで大きく取り上げられた、サックス/フルート奏者のアンナ・ウェバー(Anna Webber)
このアルバムは2021年の注目作になるだろうと思ったので、聴く前から(どんな感想を持ったとしても)ブログに書こうと決めていたアルバムです。

彼女の2021年新作『Idiom』は2枚組で、1枚目の彼女のレギュラーグループであるSimple Trioによる1枚目と、2枚目の12名のラージアンサンブルという2種類の組み合わせを収録しています。

オフィシャルの解説文を読むと、この『Idiom』というアルバムは木管楽器の拡張テクニック(マルチフォニック、オルタネート・フィンガリング、オーバー・ブロウン・ノートなどなど)に基づいて作られたアルバム。ジャズの作曲や演奏を行う際に、即興演奏家として自分自身で完璧な手段をクリエイトすることができる、という信念に基づいているそうです。
うーん、なんだかすごそうなのですが、実際に聴いてみるとそこまで拡張テクニックが全面に出されたアルバムではなさそうです。そもそもウェバーがサックスをバリバリと吹く作品でもないし。

2019年に話題となった『Clockwise』というアルバムは、ヤニス・クセナキス、モートン・フェルドマン、カールハインツ・シュトックハウゼン、ミルトン・バビット、ジョン・ケージといった現代音楽作家の、特に打楽器作品を調査・分析して作られたアルバムでした。
現代音楽的で挑戦的な作曲でありながら、演奏者に即興演奏のスペースを与えるというコンセプト。

基本的にこの『Idiom』も『Clockwise』のコンセプトを引き継いだ作品のようですね。
特にトリオによる1枚目ではピアノのミッチェルが最小限のフレーズとパーカッシブな和音を提示し、それにウェバーのサックスが応えるという形が多いようです。
繰返しのフレーズが執拗に使われていて、曲のテンポが刻々と変わっていくなど、とにかく全編にわたって仕掛けの多い曲と演奏ですね。

惰性でリラックスして聴くことはできない音楽のですが、いつも聴いている音楽とはかなり違うので聴いていて刺激的ではあります。

2枚目のラージ・アンサンブルは、Interrudeと呼ばれるほとんどアンビエント音楽のような導入部から迫力あるアンサンブルまで、1曲の中で振り幅の大きな曲が多いですね。
明確なメロディに沿った曲ではなくて、短いフレーズが繰り返され展開するような曲が多い印象ですね。
急激な曲調の変化やストップと再スタートが繰り返される場面など、J・ゾーンのゲームピース(もしくはC・スターリングのカートゥーン音楽)に近い場面もあったり。

「MovementIII」などは、決められた小節の中にパズルのようにいくつかのフレーズを入れ込んでいくような曲で、現代音楽というよりもむしろインド音楽の変奏からティハーイ(繰り返しフレーズによるフィナーレ)を連想させます。

こういったさまざまな要素が、10分くらいの曲の中でグラデーションのように徐々に移り変わっていくんですよね。
「聴きどころがたくさん」というより「聴きどころしかない」アルバムと言えるかも(ディスってる訳じゃないですよ)

また、1枚目、2枚目とも即興演奏のパートは前作の『Clockwise』よりもさらに削られていて、どこが即興パートなのかよくわからないくらいの感じなので、「これはもうジャズではないのでは?」とさえ思えます。

『Clockwise』もそうでしたけど、こういうアルバムは聴くたびに違った印象を受けるので、定期的に聴きなおしたりするのですが、今回の『Idiom』もそういう聴き方になりそうな予感です。

Personnel

CD1 Simple Trio
Anna Webber (Tenor Saxophone, Flute, Bass Flute)
John Hollenbeck (Drums)
Matt Mitchell (Piano)

CD1 Large Ensemble
Anna Webber (Tenor Saxophone, Flute, Bass Flute)
Eric Wubbels (Conductor)
Nathaniel Morgan (Alto Saxophone)
Nick Dunston (Bass)
Mariel Roberts (Cello)
Satoshi Takeishi (Drums)
David Byrd-Marrow (Horn)
Liz Kosack (Synthesizer)
Yuma Uesaka (Tenor Saxophone, Clarinet, Contra-Alto Clarinet)
Jacob Garchik (Trombone)
Adam O’Farrill (Trumpet)
Joanna Mattrey (Violin)