アンブローズ・アキンムシーレが表現する最高の ”現代ジャズ”

トランぺッター、アンブローズ・アキンムシーレの新作『On the Tender Spot of Every Calloused Moment』は、2020年前半のジャズシーンの最注目アルバムです。

Personnel
Ambrose Akinmusire (trumpet)
Sam Harris (piano)
Harish Raghavan (bass)
Justin Brown (drums)

アキンムシーレが”現在ジャズ”のトップランクに位置するトランペットプレイヤーであることは疑問の余地はないと思います。
このアルバムも”現在ジャズ”のひとつの到達点を示しているのだと思います。

アルバムの参加ミュージシャンですが、アキンムシーレとは10年以上いっしょに演奏しているメンバーらしいです。
ワンホーン+ピアノトリオという編成はいまとなっては逆に新鮮です。
サム・ハリスのピアノはちょっとひねくれたコードの使い方がカッコよいですね。時折フェンダー・ローズを織り交ぜたりもしてセンスが良い感じ。

ドラムのジャスティン・ブラウンは、複雑なリズムフィギュアをあまり音数を増やさずにサラッと叩くところもアルバムの雰囲気にハマっていますね。

主役であるアキンムシーレですけど、ブライトなトランペットの音のコントロールが素晴らしいですね。ブルース感というか若干シリアスな響きのプレイが多いみたいですけど。これも彼の個性ですかね。

アルバムの先行シングルの”Mr.Roscoe (consider the simultaneous) “は、もちろんロスコ―・ミッチェルのこと。
アキンムシーレがまだ若い10代のころ、地元ラジオ局のトランペットコンテストで優勝した商品としてアート・アンサンブル・オブ・シカゴのライブチケットを貰い、(母親と)観にいった思い出があるとか。

現代ジャズ

このブログでもサラッと”現代ジャズ”という言葉を使っていますが、これはいろんな人がいろんな意味で使っているのだと思います。
たとえば、マイルスやコルトレーンといったジャズの巨人たちの演奏があって、それに対して「現役世代の演奏するジャズ」という意味で使われたりとか。

それも間違ってないのでしょうがわたしの認識では、”現代ジャズ”という言葉は、1980年代後半~90年代前半くらいに形づくられたジャズのスタイルを指すんじゃないかと。

もう少し具体的に言うと、バークレーやマンハッタン音楽院みたいな教育機関で体系的に学んだ、高度な音楽理論と高い演奏技術をもとにした演奏のこと。
とうぜん現代音楽/クラシックの影響も強く受けていて、アドリブやインタープレイよりも作曲やアンサンブルに重きが置かれる、といった特徴でしょうか。

ウェイトン・マルサリス、ジョン・ゾーン、スティーブ・コールマンといった当時の革新的なミュージシャンの活動をきっかけにして、彼らのプレイした音楽や方法論をベースに”現代ジャズ”は形づくられたように思います。

”現代ジャズ”をこのように定義するなら、アンブローズ・アキンムシーレはまさにこの”現代ジャズ”を体現しているようにも思えるのですよね。
彼がデビュー当時にスティーブ・コールマンのグループに加入していた、というのは偶然ではないと思います。

アキンムシーレを聴いてみた

ですが正直に白状しますと、個人的にはこれまでの彼のアルバムはいまいちピンと来なくて、聴くたびに「これがウワサのアキンムシーレか、、」という感じになってしまう感じです。
今回の『On the Tender Spot of Every Calloused Moment』を聴いてもその印象は変わらないです。

別にアルバムのどこがどうという訳ではないのですが、聴いた時に高揚感のようなものが沸き上がらない印象。

とうぜんのことながら、別にアルバムの出来が悪いんじゃなくて、彼のやろうとしている音楽をただ単にわたしの音楽知識が足りなくて理解できていないだけだと思うのですけど。

「音楽を聴くのに知識なんて必要ない。聴いて楽しいか楽しくないかだけ」という考えの人もいるでしょうけど、他のポピュラー音楽はともかく、ことジャズに関しては楽理的な知識は楽しむためには必要だなと感じるのですけどね。
わたしもがんばって音楽理論の解説動画とか観ちゃうのですけど。

自分に響かないプレイを聴いて「上手いだけで退屈」「アイツの演奏にはハートが無い」とか評価しちゃう人もいるかもしれないですけど、さすがにそういうのは自分の耳を過大評価しすぎだと思いますよ。

カリフォルニア・ドリーミング

ちなみにアキンムシーレは、現在は(ニューヨークではなく)地元カリフォルニアに戻っているみたいですね。
このアルバムに参加している他のメンバーも西海岸での活動が多いメンバーのようです。ドラムのジャスティン・ブラウンもカリフォルニア出身ですし。

ジャズの本場はいまでもニューヨークなのですけど、「ニューヨークなんて人の住む場所じゃない」とか思っているミュージシャンは多そう。

西海岸はジャズのライブハウスも多いですし、ハリウッドが近いこともあり映画音楽の仕事などを行うジャズミュージシャンも多いですね。
アキンムシーレと同じくセロニアス・モンク・コンペティションで優勝したピアニストのKris Bowersなどもカリフォルニア出身なのですけど、『グリーンブック』のサントラを担当したり、すっかり映画音楽家としての活動がメインになっているみたいです。