先日、日本のサブスクリプション(サブスク)事情について書かれたLINE MUSICの役員の方の記事が話題となっていました。
記事中で
「Music FM」などの違法ソフトの存在や、YouTubeで無料を聴く人の存在が有料サービスを使うことをためらわせた。
オリコンのリストを100とすると、YouTubeは「95」、サブスクは「55」と、YouTubeの方が楽曲がそろっていてそれがサブスク初期の「ガッカリ期」となった。
などなど、当事者によるリアルな数字が出てきます。
日本以外の国は、日本よりも急速にSpotifyなどのサブスクサービスにシフトしているのですけど、海外でのサービス開始時にもアーティストの楽曲公開拒否などありましたし、海外から5~6年遅れて日本でも同じような現象が起こっている感じですね。
いずれ頭打ちになるサブスク需要
日本でもサブスクが一般化してきて音楽業界の収益があがるにつれて、
「サブスクが音楽業界を変える」
「右肩上がりのサブスクで息を吹き返す音楽業界」
みたいな論調のネット記事も多いのですけど、個人的には「ちょっとそれはどうかな?」と思うところもあります。
いまは音楽業界にとっては過渡期であり、サブスクの収益増加もあがり、ひいては音楽業界全体の収益があがる現象がしばらくは続くのだと思います。
ただ、そういった右肩あがりの成長がずっと続くかというとすごく疑問です。
というのも、そもそもサブスクサービスの成長は別に音楽リスナーの数が増加しているためではないから。
音楽リスナーの数は(Netflixなどエンタメの多用化にともない)おそらく今後も増えないし、むしろ減ってくるはずです。
また、いまCDを買っているリスナーがサブスクを使うようになって、よりたくさんお金を使うようになった訳でもないですから。
たとえば、ちょっと具体的な数字で例をあげると、
サブスクサービスが月額1000円として、リスナーは1年に1万2000円使うことになります。
サブスクが一般化する前は、年間数十万円を使っているヘヴィ・リスナーもいたのですが、こういう人たちも年間1万2000円しか使わなくなる計算です(単純化した話ですよ)
そうなると音楽業界の収益は減ります。
音楽に年間1万2000円も使わないライトリスナー(そういうリスナーは多い)が、これまでよりちょこっと多めにお金を払いサブスク会員になったとしましょう。
そうすれば音楽業界の収益は増えます。
ですが、そういうケースはまれでしょう(なんといってもライトリスナーなので)
それでも今のところSpotifyをはじめとしたサブスクの収益が右肩あがりなのは、
「これまで 【無料で】音楽を 聴いてきた人にお金を払ってもらう」ことに成功している
からです。
ここでいう「【無料で】音楽を 聴いてきた人」というのは、違法ダウンロードで聴く人や、YouTubeユーザー、サブスクの広告付き無料プランユーザーのことですね。
ただ音楽リスナーの数が増えていないこともあり、【無料で音楽を聴く人】の数にも限りがあります。
サブスクの利用者が増えるということは、つまり【無料で音楽を聴く人】は減っていくことであり、いずれはサブスクの新規登録者は頭打ちになるのだろうとは思います。
サブスクも一般化してきており、(テイラー・スウィフトの音源引き上げに代表されるような)リストから漏れるメジャー・アーティストがいる問題も解決されてきました。
これまでお金を払っていない人にお金を払わせるようにするには、これまでにない魅力的なコンテンツが必要なのですが、そのネタはすでに尽きているということです。
(現状でも月1000円ですら払いたくないという人は今後もずっとお金を払うことはないでしょうし)
これから期待できるとすれば、リニアPCM音質(もしくはそれ以上のハイレゾ音質)での配信くらいでしょうが、そのことで劇的に利用者が増えることはないでしょう。
Spotifyを目指すYouTube
ここで今回の投稿の本題なのですが、いま音楽業界が新たな収入源(というか本来支払われるべき対価を支払う人たち)と考えているのはYouTubeユーザーなのではないかということ
先日こんな記事がニュースになっていました。
記事中では、「2019年、音楽業界に30億ドル(約3,299億円)以上を支払った」という数字がYouTubeから公開されていました。
YouTubeというと、かつては違法アップロードの問題もあり、収益が音楽業界に正しく分配されていないとしてやり玉にあがっていました。
YouTubeの音楽リスナーは年間10億人もいるそうで、Spotifyの会員数2億3,200万(有料会員約1憶人)と比べても、かなりのボリュームです。
それなのに、YouTubeが音楽業界に支払う金額は他のサブスク企業にくらべてずっと低かったのです。
YouTube側としてもあまり音楽業界と対立して、音源掲載拒否などで自らのプラットホームの価値を下げることは避けたいですし、なによりも収益率の低い広告収入よりも、高い収益が見込めるSpotify型の有料会員制に移行を目指しているのだと思います。
2019年にYouTubeが支払った年間30億ドルという金額は、これまでに払ってきた金額よりもずっと多く、音楽業界にとってもインパクトがあり無視できない数字のようです。
最大のサブスク企業であるSpotifyの収益は80億ドルくらい、その7割である60憶ドルくらいをミュージシャンに還元している計算です。
それと比較しても30億ドルという数字は大盤振る舞いであり「かつての金払いの悪いYouTubeではない」というアピールなのではないかと。
YouTubeのサブスク化を阻む「動画」の存在
YouTubeはエンタメコンテンツのプラットホームとしては圧倒的な存在感であり、メインコンテツである動画については、いわゆるユーチューバーに支払われる金額はYouTube側が決めている状態です。
力関係としてはYouTube側が圧倒的に強く、ユーチューバーは不満があるからといってほかのプラットホームに移る訳にはいかないのです。
ただ音楽コンテンツに関して言うと、すでにサブスクなどが深く浸透してきたいま、権利者はYouTubeというプラットホームにこだわる必要性はかなり低くなってきています。金払いの悪いならなおさらです。
「じゃあYouTubeの音楽もサブスク運用にしよう」という流れになるのは、ある意味当然の流れ
そもそもYouTubeにはすでにサブスクサービスであるプレミアムプランもありますが、今のところは収益の柱とはなっておらず、収益全体の10%に留まっているようです。
これはYouTube自身がユーザーのプレミアムプランへの誘導を躊躇してきたからです。
YouTubeは、音楽部門は全面的にSpotify型のサブスクに切り替えたいのでしょうけど、映像コンテンツも一緒になっているプラットホームという点が重要です。
要はいまYouTubeにアップされている動画を、月額使用料を払ってまで観たいか?という話です。
YouTubeも、Netflixやアマゾンプライムのように、会員のみの独自コンテンツをどんどん増やしていく案もあるようですけど、そうすると他社とサービスが被りYouTubeの独自性が奪われ、結果として顧客が離れていくという懸念もあります。
年間10億人の音楽リスナーをサブスクに誘導したいのは、収益的にはYouTubeにとっても音楽業界にとっても良いこととは分かっているのですが、動画コンテンツとのからみでアクセルが踏まれないというのがいまの状況のようです。
(単純にYouTubeを音楽とそれ以外で2分割すれば良いかというと、単に使い勝手が悪くなるだけでそれも難しいでしょう)
YouTubeとしてはじれったい状況で、おそらく今後はしばらくはいまのコンテンツを継続しつつプレミアム会員が増えるのをじっと待つことになると思います。
もしかすると(ユーザーの利便性を損なわない程度に)ゆるやかに音楽コンテンツのみに課金するようなシステムができるかもしれませんが。
音楽リスナーは何にお金を払うのか
ここで書いたようにYouTubeの無料リスナーは音楽業界の収益にとって最後のフロンティアであると言えます。
こういう企業の方針などは、多くの投資家やアナリストが分析をしていると思うのですが、忘れてほしくないのは「音楽リスナーはミュージシャンのためにお金を使いたい」ということ。
(すでに大金を稼いでいるメジャーアーティストは正直どうでも良いのですが)特にマイナージャンルのミュージシャンにも彼ら/彼女らの活動に対して適切なお金がいきわたるようにしてほしいなとは思います。
サブスク会社がマイナージャンルのミュージシャンにいかに収益を公平に分配するか(パイの分け方)も重要ですけど、収益を増やす(いかにパイを大きくするか)も同じくらい重要だと思いますので。