スイス生まれのピアニストのシルヴィー・クルヴォワジエの新作は、ストラヴィンスキーの『春の祭典』
コリー・スマイスとの2台ピアノによる演奏です。
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リリースはピアニストであるクリス・デイビスが主催するPyrocrasticレコードから
最近、Bandcampデイリーにクリス・デイビスの記事が載っていたのですけど、それによるとPyrocrasticレコードは非営利団体として活動しているそうです。
そのため、毎年レーベルの方針を決める理事会があり、利益が出たとしてもそれはアーティストに還元される仕組みになっているとのこと。
クルヴォワジエは、パートナーである(今もそうなのかは不明ですが)マーク・フェルドマンとの共演で、ジョン・ゾーン周辺のミュージシャンと見られているプレイヤーですね。
近年ではドリュー・グレス(b)、ケニー・ウォルセン(ds)とともにジャズ寄りのフォーマットでのアルバムもリリースしていましたが、今作はストラヴィンスキーということで正真正銘のクラシーック。
もともとこのアルバムが作られるきっかけは、「La Curva」というクルヴォワジエがフラメンコ舞踊の巨匠イスラエル・ガルバンとコラボレーションしたツアーでのこと
クルヴォワジエが伴奏の一部で『春の祭典』を引用したことがガルバンの耳にとまり、ガルバンが最初の3楽章に振り付けをして、その後の公演で披露しました。
ですがそこでストラヴィンスキーの親族から「この曲はピアノ連弾用なので、ソロピアノ用の勝手な編曲はまかりならん」とクレームが入ったそうです。
もともとは(1台のピアノを複数人で弾く)連弾向けに書かれたスコアで、ピアノ2台で弾かれることも多いのですが、ソロはダメだと。
そこでクルヴォワジエはサックス奏者のイングリッド・ラウブロックに相談し、ラウブロックが(彼女と共演歴のある)ピアニストのコリー・スマイスを推薦することで、2台ピアノで伴奏をしていくことになったそうです。
今回のアルバムは、その時の伴奏を改めてレコーディングしたもの。
「春の祭典」じたいは聴いたことあったと思いますが、ピアノ連弾版なんてあったんだ!という印象です。クラシックファンには常識な話かもしれないですが。
すでに多くのピアノ演奏が発表されていて、ネームバリューもあるかもしれませんが、中でもアルゲリッチとバレンボイムによる演奏が良く名前にあげられるみたいです。
YouTubeリンクの表示は変ですが、クリックすると観れます
Martha Argerich and Daniel Barenboim: Stravinsky – Le Sacre du Printemps for Piano Four Hands
クルヴォワジエの演奏もそうですが、ピアノ版は「春の祭典」の特徴的な旋律や変拍子によるテンポの移り変わりがくっきりと聴くことができ、
オーケストラに比べてすんなりと聴くことができるような気もします。
現代音楽には難解なものも多いですが、『春の祭典』は特にそんな風にも聴こえず、自分にはこのくらいが「ちょうど良い」感じです。
またこのアルバムの3曲目は、『春の祭典』をモチーフにクルヴォワジエが書いた曲「Spectre d’un songe」が収録されています。オリジナルの『春の祭典』には未完に終わった第三部というものが構想としてあったらしく、クルヴォワジエはこの未完パートを年頭に置いて書いたのかも。
この「Spectre d’un songe」は、ピアノによる細かいパルスが打ち付けられる、そのパルスが徐々に変化していく、クラシックというより電子音楽に近い印象の曲。
正直「オリジナルの春の祭典とぜんぜん違うんじゃ…」とも思うのですが、終始テンションが高く、ピアノの技巧的な面も含めて圧倒される演奏ですね。
Stravinsky and Jazz
クルヴォワジエは、前述のようにもともとクラシックの素養があるミュージシャンなので、ストラヴィンスキーを題材に取り上げることは驚きではないですが、実はジャズミュージシャンがストラヴィンスキーを引用するという例は割と多いようです。
NPRに「なぜジャズミュージシャンは”春の祭典”を好むのか」というそのものズバリな記事がありました。
ジャズミュージシャンがストラヴィンスキーを取り上げた例はけっこう多く、ヒューバート・ロウズやバッド・プラスがの『春の祭典』というタイトルで取り上げています(バッド・プラス版は権利関係の問題かストリーミングでは聴けないですが)
他にもオーネット・コールマンが「Sleep Talk」や「Sleep Talking」といった曲で「春の祭典」の冒頭の印象的なバスーンによるフレーズを引用しています。アリス・コルトレーンもアルバム『Eternity』でストラヴィンスキーを引用していました。
この「Sleep Talk」はいかにもプライム・タイム!という曲で最高にカッコよいです
最後ですが、ストラヴィンスキーとジャズの関係でいえば、ストラヴィンスキーがチャーリー・パーカーを聴きにクラブへ訪れた時の有名なエピソードを紹介しますね。
1951年のある日、男性4人と女性1人がバードランドのテーブルに座った時、クラブは感嘆のささやき声が響き渡った。男性のひとりはイゴール・ストラヴィンスキーで、当時の彼はウディ・ハーマン楽団のために曲を書き、ジャズの世界と接点を持っていた作曲家として認知されていた
チャーリー・パーカーとメンバーがステージに上がると、トランペット奏者のレッド・ロドニーが客席のストラヴィンスキーに気が付いた。
ロドニーはパーカーにそのことを告げたが、パーカーはストラヴィンスキーのことは全く見なかった。
パーカーは「Koko」を猛烈に早いテンポで演奏し、セカンドコーラスのソロの冒頭、まるで最初からそこに準備されていたかのように、「火の鳥」のフレーズを挿入した。
ストラヴィンスキーは歓喜の声をあげ、グラスをテーブルに叩きつけ、酒と氷が他の観客へと飛び散ったほどだった。