イギリスをベースに活躍するマルチ楽器奏者でプロデューサーのサラシー・コルワル(Sarathy Korwar)というミュージシャンがいて、少し前に彼のインタビューや記事を読んだのですけど、彼の言葉はすごく興味深いですね(もしかすると彼の音楽よりも)
彼はインドのアーメダバードで子供時代を過ごし、23歳の時にイギリスにやってきた移民のひとり。
10才からインド古典音楽パーカッションであるタブラを習っていて、ロンドンに移ってきてからはSanju Sahaiというタブラのマスターからもレッスンを受けたそう。
現在はインド音楽テイストを残しつつも、ジャズとヒップホップを取り入れたクラブサウンドを作っています。
『My East Is Your West』(2018)
文化の盗用(Cultural appropriation)
「インド系移民へのステレオタイプな偏見を打破したい」とコルワルは言います。
かつてのビートルズやジョン・コルトレーンの例をあげるまでもなく、ポピュラー音楽の中でインド音楽は、「エスニック風」「スピリチュアル風」なアクセントとして使われてきました。
いわゆる文化の盗用(Cultural appropriation)
キム・カーダシアンが自身のブランドに「KIMONO」と名付けて叩かれた、あれ。
ビートルズが(特にジョージ・ハリスンが)シタールをちょろっと習いイージーにその音を自分の音楽に取り入れたりもしていました。
ジャズの世界ではジョン・コルトレーンの妻であるアリス・コルトレーンが、インド音楽で使われるタンブーラやタブラの音を使い、「エスニック」で「スピリチュアル」な効果音として使っていたりも。
アリス・コルトレーンやファラオ・サンダースなどが演奏するいわゆる「スピリチュアル・ジャズ」というと、あとはアフリカ音楽っぽいポリリズムだったりも特徴的。
コルワルに言わせるとこういった70年代のスピリチュアル・ジャズは「悪気は無かったのだと思うけど、聴いてて良い気分はしない」とのこと。
彼にとっては「スピリチュアル・ジャズ」という言葉は「ワールドミュージック」などと同じに聴こえているのでしょう。
たしかにジョージ・ハリソンもアリス・コルトレーンもインド哲学に心酔していて、インド文化への敬意がなかった訳じゃないでしょうが、それでも彼らの振る舞いが文化盗用であったことには変わらないですよね。
(セクハラ発言で周りをドン引きさせた男性が「そんなつもりじゃなかった」と言っても許されないのと一緒かな)
「いや、まぁ60~70年代という昔の話だし」というかもしれませんが、ジョン・マクラフリンは(自分の音楽にアクセント風に付け加えるのではなく)インド音楽を真面目に真摯に取り組んでいたのだし。
「ちょこっとインドテイストをアルバムに入れるくらい、目くじら立てるほどの話じゃなくない?カッコよければ何でも良いんじゃない?」と言われると、まぁたしかにその通りなのかもしれないですけど、スピリチュアル・ジャズを聴いてやっぱりどこかで違和感を拭いきれないですよね。
「My East Is Your West」で聴ける吹っ切れなさ
コルワル自身はインド音楽やジャズ、クラブミュージックなど様々な音楽を指向しているようなのですが、自身も語っているように在英インディアンのミュージシャンとしてまわりのステレオタイプな見られ方との折り合いをつけることに苦労しているようですね。
(インドというワードから、「ヨガ教室でかかってるやつ」とか「むかし流行ったバングラみたいなの」みたいなイメージ)
わたしもブログで取り上げたのですが(→こちら)、90年代のタルヴィン・シンやエイジアン・ダブ・ファウンデーションなどによる在英インディアンによるクラブミュージック、パンジャビMCなどのヒップホップ、バングラなどはかなりの盛り上がりだったようです。
ただ2000年代の後半に入ると急速に下火になり、インドっぽい音楽全体が、インドコミュニティ以外では「時代遅れ」なものとなっていったようです。
2002年からイギリスで開催されていた「UK Asian Music Award」という音楽賞も象徴的。
2002年のBest Single Bhangra部門の受賞がPunjabi MC の “Mundian To Bach Ke”だったりしていたのですが、結局2012年に終了しています。
ちなみに(リアルタイムに体験していないのですけど)安室奈美恵さんがバングラを取り入れた曲「Want me Want me」が2005年。この時くらいから徐々に下火になっていったみたい。
そんな中で自身のアイデンティティを表現しようとしているコルワルのアルバム『My East Is Your West』は、彼のインド系ミュージシャンとしての葛藤の記録でもありますね。
聴いていてまだまだ試行錯誤中であることによる息苦しさと吹っ切れなさを感じさせるアルバムでもあります。
彼は翌年2019年に『More Arriving』をリリースしますが、吹っ切れなさは変わらないです。
コルワルやろうとしている音楽はすごく面白いと思うので、もうちょっと肩の力を抜いてリラックスして音楽をプレイして彼自身が「これだ」と思えるアルバムをレコーディングできると良いのですけどね。 応援してますから!!
おまけ サンジュ・サハイ(Sanju Sahai)
サラシー・コルワルのタブラの先生である、Sanju Sahaiですが、ベナレス・ガラナ(流派)の創始者であるRam Sahaiの正統な後継者であるとのこと。
家系図がネットにあったのですが、Anokhelal MishraやKanthe Maharajなど、歴史上の伝説のプレイヤーたちの直系ということなのですね(もう野球でいうベーブ・ルースとかそういうレベルの人たち)
もう目がくらむほどのサラブレッドですね。
サハイさんは今はイギリス在住とのこと。
せっかくの機会なので、彼のタブラソロを聴いてください。