ロン・マイルスが亡き父へ捧げる新作アルバム『Rainbow Sign』

トランペット/コルネット奏者のロン・マイルスが、新作『Rainbow Sign』をリリースしています。

Personnel
Ron Miles(cornet)
Bill Frisell(guitar)
Brian Blade(drums)
Jason Moran(piano)
Thomas Morgan(bass)

メンバーは前作『I am a Man』(2018)と同じ編成で、マイルス自身が「夢のグループ」と呼ぶ豪華メンバーですね。

このアルバムは2日間のセッションとしてレコーディングされはしたものの、当初は特にリリース予定は決まっていなかったみたい。
ですが、アルバムに参加しているビル・フリゼールが自身が所属するブルーノートブルーノート責任者のドン・ウォズに音源を聴かせて、リリースが決まったという経緯のようです。

ロン・マイルスはキャリアの最初期からビル・フリゼールと共演していて、最も重要なコラボレーターと言えるのだと思います。
1996年のアルバム『Quartet』から今作にいたるまで、切れ目なく継続的にこのマイルスとフリゼールの共演は続いていますね。
『Heaven』(2012)というデュオアルバムもあるくらい。

で、この2人にブライアン・ブレイドを加えたトリオによる『Quiver』(2012)、『Circuit Rider』(2014)という2枚のアルバムがあって、このトリオがマイルスの近年の活動の核となっているといえそうですね。
(ちなみにこのベースレスのトリオは、ジョー・ロヴァーノ、フリゼール、ポール・モチアンのトリオを連想させます)
マイルスはジョシュア・レッドマンのアルバム『Still Dreaming』(2018)にも参加して話題になりましたが、この参加もブライアン・ブレイドがロン・マイルスを推薦したのだと思いますし。

前作『I am a Man』と今作の『Rainbow Sign』のグループ編成は、このトリオにベースとピアノを加えたの拡張版とも言えます。

このトリオを拡張するにあたって、フリゼールが自分のグループのトマス・モーガンを連れてきたみたいです。マイルスは「トマス・モーガンとはまったく初対面だった」と言っていますし。
ピアノのジェイソン・モランの参加はちょっと異質な感じがして、あまり他のメンバーと密接につながっている感じはしないのですけどね。モランとフリゼールはライブなどでは共演してるっぽいのですけど。どういう経緯でモランが参加したのか興味ありますね。

父親の死

今回のアルバムはすべてマイルスが書いたオリジナル曲で、2018年に彼の父親が亡くなる前に世話をしている時期に書かれたものだということ。
もともとアルバムリリースのために書かれた曲でもなく、レコーディングも「せっかく書いた曲だから」という程度だったのかも。

アルバムタイトルの「レインボー・サイン」とは天国へ続く旅路、神から与えられるメッセージといったニュアンスから付けられたようです。
父親の死という重いテーマを扱ったアルバムですが、むしろポジティブで晴れやかな印象の曲が多いですね。
カーター・ファミリーの「God Gave Noah The Rainbow Sign」という曲からも影響を受けているみたいです。

演奏は全体的にスローテンポでリラックスした雰囲気。
凝っていたり奇をてらったりせずに、印象的で美しいフレージングを紡いでいくタイプの演奏ですね。

カントリー/アメリカーナっぽい、目の前に風景が浮かぶような情感的なフレージングのフリゼールよりは、もっと音楽的というかテクニカルなフレージングですね。
こうしたゆっくりしたテンポで、ダレることなく印象的なフレーズをつなげていくのは、かなりすごいことだと思いますね。

今のジャズは作曲のウェイトが大きくて凝った複雑な曲なども多いのですが、ロン・マイルスはあまりそういう作曲の仕掛けには興味なさそう。これまでもスタンダード曲を演奏することも多かったですし。
曲じたいはシンプルで印象的なものを選び、そこからフレージングをどのように発展させるかに重きを置いている感じですね。

こういった特徴ってフリゼールにも同じことは言えると思います。誤解を恐れずに言えば、マイルスの演奏はビル・フリゼールの音色をコルネットに置き換えたみたいと言えば良いのかな。
そういう意味ではマイルスとフリゼールは、音楽的には分身、双子のような存在なのかも。

名脇役? いぶし銀?

今回ちょっとロン・マイルスのことをググってみたのですがって、なんとなく「名脇役」とか「いぶし銀」みたいなイメージを持っている人が多いみたいですね。
ロン・マイルスは名前は良く聞きますけどジャズシーンの中心でいつも話題の中心にいるかというとそうでもないので、「名脇役」みたいな印象もわからなくもないです。

ただそれって理由があって彼の印象が薄いのはいわゆる
「ジャズミュージシャンが学校で教えるようになると、途端にメディア露出が減って現役感が薄れてしまう現象」
のせいなんです。

彼は1998年からデンバーのMetropolitan State Universityで教鞭を取っているそうです。
彼は元々デンバーで育ちでデンバー大学で音楽を専攻していて、もうずっとデンバーに住んでいるんです(1年だけマンハッタン音楽院で学んだそうですが)

大学で教えて安定した収入があった方が、ツアーに明け暮れるよりも創作に時間は取れる、という事情もあるのかもしれません。
ですが、デンバーにジャズシーンみたいのがある訳でもなく、メディアは大都市に集中しているので、なんとなく忘れ去られてしまいがち。
アルバムのプロモーションなどもそんなに熱心にはやらなくなりますしね。

ちなみにMetropolitan State Universityでは、現在クラリネット奏者のドン・バイロンも教えているそうです。
ドン・バイロンも、かつてはジャズとジューイッシュリバイバルの中心的な存在、いまではなんとなく「過去の人」っぽくなっていますが、教授になって単に露出が減っただけなんですね。

ドン・バイロンというと、自身のアルバム『Romance With the Unseen』でビル・フリゼールを招き、逆にフリゼールのアルバム『This Land』にも参加しています。
この辺のフリゼールの人脈ってほんとユニークですね。