シタール奏者 プルバヤン・チャタルジー(Purbayan Chatterjee)の新作アルバム『Unbounded(Abaad)』
このアルバムは、厳密には彼のソロアルバムというよりも、最近スタートしたSufiscoreという南アジアの音楽と才能にスポットライトを当てることを目的としたコミュニティ・プラットフォームの活動として企画されたアルバム。
このアルバムに参加している主なメンバーはこちらのトレイラー動画で見ることができます。
メンバーはもう説明不要の超豪華オールスター。
2020年に再結成したリメンバー・シャクティのメンバーでもあるShankar Mahadevan、V. Selvaganesh、U. RajeshそしてUstad Zakir Hussain
声楽のRashid Khan、ヴァイオリンのDeepak Panditら多くの著名なインド古典音楽家
ジョン・マクラフリンのバンド4thディメンションのキーボードプレイヤーGary Husband
ザキールさんと共演歴のあるバンジョー奏者のベラ・フレック、プルバヤンの奥さんでもあるシンガーのGayatri Asokan
などなど
ここまではインド音楽好きな人にはお馴染みの顔ぶれだと思いますが、このアルバムには(どういうきっかけなのかわからないのですが)あまりインド音楽とは接点が無さそうな意外なミュージシャンも参加しています(webでも理由などについて書かれていないですし)
元パット・メセニー・グループのドラマーであるアントニオ・サンチェス、彼のパートナーでヴォーカリストのThana Alexa。スナーキー・パピーのベーシストであるマイケル・リーグ。クラリネット奏者のアナット・コーエンといった面々ですね。
プルバヤンはパット・メセニーのファンだそうで(プルバヤンがギターを、メセニーがエレクトリック・シタールを演奏してセッションしている記念写真もありますし)、そのつながりでアントニオ・サンチェスの起用になったのかも?
インド・エスニック・フュージョン
新型コロナの感染により大幅な行動制限が行われている中で、このアルバムはインド、アメリカ、イギリスなど世界中のミュージシャンがオンラインでセッションとインターネット経由のファイルやり取りを重ねてつくられたアルバムです。おそらくほぼ一発録りに近いと思います。
ジョン・マクラフリンのアルバム『Is That So?』なども同じくオンライン制作でしたが、こういうオンラインアルバム制作はもっと広まれば良かったとは思うのですけどね。
2020年からこれまでに、ロックダウンの影響で頓挫した(または規模を縮小した)アルバムなんてたくさんありましたし。ネット経由によるレイテンシー(遅延)などは、演奏には問題ないレベルだと思いますし。
この『Unbounded(Abaad)』というアルバムはインド古典では全然なくて、強いていうならエスニック・フュージョン風でもあります。
プルバヤンは若い頃から巨匠クラスのタブラ奏者と共演してきて「若きマエストロ」「レジェンドになりつつあるシタール奏者」という感じでしたけど、たまに『Stringstruck』(2009)のようなフュージョンっぽいアルバムもレコーディングしていているんですよね。
こういうタイプの音楽っていろんな要素を詰め込まれて、例えるなら「トッピング全部のせ」みたいな下世話さがありますし、使われているシンセ音などが良くも悪くも時代を感じさせて、後から聴くとダサく感じてしまう面もあります。
その反面この『Unbounded(Abaad)』は生楽器中心の演奏で、不自然さを感じさせずに聴いていてしっくりくる演奏で、こういうジャンルのアルバムではいちばん好きかも。
ボリウッドサントラっぽいゴージャスさと、タブラとは一味違うドラムセットのグルーヴがマッチしていて心地よいです。
ベースとドラムはあんまり目立っちゃうとどんどんインド音楽っぽさがどんどんなくなってしまうのですが、このアルバムのアントニオ・サンチェスとマイケル・リーグの演奏はその辺りうまくバランスを取っていてさすがという感じです。
スナーキー・パピーはあんまりピンとこなくてほぼ聴いたことないのですが、このアルバムではテクニカルじゃないながらも「ちょうど良い」演奏がカッコ良かったです。ベースをドローンっぽく使ったりするところも気が利いています。
とはいえアルバムの聴きどころは、インド古典の1流音楽家たちの「神々のたわむれ」ともいえる神々しい演奏が、リレーセッション風に次から次に聴けるところ。
それに、レコーディング時のミュージシャン同士の楽しそうな雰囲気がアルバム全体を覆っていて、聴いていてポジティブで幸せになれるアルバムですね。