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Bandcampが、ジャズ・ミュージシャンにとって最適のプラットフォームである理由

2022年の1月後半に、Spotifyのポッドキャストが新型コロナに関する虚偽の情報を広めているとしてニール・ヤングが自身の楽曲を引き上げた件について、このブログでも投稿しました(こちら

この騒動の余波は大きく、ストリーミングサービス自体のあり方を問うようなSNSの投稿はWeb記事も見かけるようになりました。

その中で気になった記事のひとつが、レコーディングアカデミー(グラミー)のライターでもあるモーガン・イノス(Morgan Enos)さんが、JazzTimes誌に寄稿した音楽や関連グッズを販売するプラットフォームであるBandcampに関する記事

今回はこの記事を読んでの感想を書いてみようかと思います

Bandcampとは

そもそもBandcampがなにかというと、音楽配信・販売プラットフォームを行っているアメリカ合衆国の非上場企業です。

ヤフー!メールの前身ソフトであるOddpostの開発者イーサン・ダイアモンドとプログラマー数名によって立ち上げられました。
サインインすれば誰でもすぐに自分のページを開設し、自分たちで音源の販売を行うことができるという手軽さが特徴で、価格決定はアーティスト自身が決定することができ、Flacなどの高音質配信にも対応しています。

2008年にスタートしたBandcampは、2012年に黒字化し、現在も(ゆるやかに)成長を続けています。

Bandcampを設立した当初、設立者で現CEOのイーサン・ダイアモンドは、(今はなき)Myspaceに代わるものとして、バンドがファンと交流し音楽を販売できる使いやすいウェブサイトを作ろうとしていたそうです。

つまりマーケットではなくてコミュニティ。
大手メディアが発信しないニッチアーティストの情報収集や意見交換の場としてBandcampは考えられており、そのスタンスは今でもBandcamp Dailyのような独自のコンテンツに受け継がれています。

この記事を書いている2022年2月9日の最新記事の見出しは「Bagpipes in Experimental Music(=エクスペリメンタル・ミュージックの中のバグパイプ)」ですよ。
こんな記事は他では絶対に読めないですよね。

またそういったコミュニティ的な機能をなるべく残しつつ、Bandcampは徐々に「Etsy」(ハンドメイドの手工芸品を欲しい人に売るサイト)のような、商品の作り手と購入者がダイレクトにつながるフリーマーケット的な場所へと変わってきています。

そういったコンセプトがベースにあるため、Bandcampは音楽のダウンロード販売だけでなく、売上の約半分は、レコード、CD、カセット、Tシャツ、ポスター、さらにはミニディスクといった物理的な商品となっています。

こう考えると、Bandcampが設立される2年前、カリフォルニアから遠く離れたストックホルムで設立されたSpotifyとは全く正反対の会社であると言えます。

Spotifyは、基本的には音楽をアートではなく、売り上げをあげるための商品(プロダクト)と考え、広告や購読プランを売るためのコンテンツのひとつと考えているように見えます。

ひとことでいうと「音楽第一主義」の会社ではないのですよね。それは近年ポッドキャストの比重を高めていることからもわかります。
そういう意識が根底にあるから「ストリーミング で稼ぐには3~4年に一度のレコーディングではダメ。もっとアルバムをたくさん出せ」といった発言がCEOから出てくるんだろうと思いますよ。

最近では、特にインディーズのミュージシャンの間では、Spotifyを完全に排除し、Bandcampにのみで販売することも一般的になってきています。
この状況はあらゆるジャンルで起こっていることですが、特にジャズミュージシャンとBandcampの相性は最高に良いようです。

それはなぜか?についてこのブログで書こうと思います。

利益率の高さ・透明性

Bandcampで音源が売れた場合、デジタル音源では15%(グッズなどは10%)がBandcampの利益として渡り、取引のサイズにより異なりますが平均4-7%の手数料を決済サービス業者に支払い、残りの80-85%ほどをアーティストまたはレーベルに直接支払います。

この80-85%という利益率の高さがアーティストにとって最も分かりやすいメリットですね。

この「売り上げの中からレーベル(アーティスト)に支払われる割合」ですが、例えばストリーミングサービスではおよそ50〜60%という数字になります(過去ブログですが詳しくはこちら)。
またショップなどでCDを販売する場合においても、小売店の取り分や流通費を除くと50〜60%程度がレーベルに支払われています(これはストリーミングサービスとほぼ同じ数字です)

ファンダム(支援)

Bandcampの存在が大きくクローズアップされたのは、間違いなく新型コロナのパンデミックがあったからです。

パンデミックによるライブハウス閉鎖の影響を受けたアーティストを支援するため、Bandcampは通常15%の手数料を1日だけ無料にすると発表しました。
この時は24時間で80万枚のレコードや商品を販売し、合計430万ドルを売り上げました。これは通常の金曜日の15倍にあたる数字だったそうです。
そしてこの試みは『Bandcamp Friday』として現在も不定期に開催されています。

この試みがエポックメイキングだったのは、なにより「ファンがアーティストを直接支援する必要性」について、リスナーに再認識させるきっかけとなったからです。

CEOのダイヤモンド氏が以前、コミュニティ内で音楽へのお金の使い方を調査したところ、多くは無料で音楽を聴く方法を探していたのですが、そういう人たちでも「方法さえあればアーティストから直接購入できるならお金を払う」という人がかなり多いことがわかったそうです。

実際、CDやアナログレコードを購入してもそのお金の大半はCDの製造業者やショップに渡り、アーティスト本人に届く額はわずかで「支援」になるとはイメージしにくいのです。
自分が支払ったお金が、アーティスト本人ではなくタワレコの役員が高級車を買うのに使われるのはシャクな話だという人は多いでしょう(自分だってそうです)

その反面、Bandcampは自分が音源を購入したお金のうち、具体的にいくらがレーベルやミュージシャンに渡るのかリアルな数字として把握でき、「支援している」というリアルな実感を得ることができるのです。
もちろんBandcampも利益を得ているわけですが、その利益率の低さと分配のシンプルさがあるため、あれは必要な経費なんだと利用者に「納得感」を与えているのだと思いますね。

そういう意味でBandcampを使うというのは、クラウドファンディングに近いイメージなのかもしれません。
報酬が(グッズとかTシャツと違って)そのアーティストの音源であれば、それはリスナーが最も欲しいものであり、クラファンにお金を払う動機も強くなると思いますし。

かつては好きなアーティストの音楽が気に入ったら、その音楽を払うことはごく当たり前のことでした。

現在ストリーミングサービスを使っている人の中にも、潜在的には「アルバムを聴くためなら少しくらいお金を払ってもいいかも」と考えている人はたくさんいると思います。
そういう人に「Bandcampならそれが可能ですよ」と提案できるのは価値ある事だと思います。

逆に、「アルバムにお金を払っても良いかも」と考えていても「でもまあSpotifyで聴けるからそれでいいか」という感じでモチベーションを削がれるケースもあると思うので、やはりストリーミングサービスの存在は罪深いんですよね。

『ジャズと正義』

ジャズに関する自伝や文献を読むと、アーティスト、特に黒人のアーティストがこれまでに騙され、人種的に搾取されてきたことが数多く書かれています(その文献の例としてイノスさんはアート・ペッパーの自伝や『Jazz and Justice』という本を挙げていましたが)

ジャズの世界においての搾取は、かつてはナイトクラブの支配人という姿だっただろうし、後にはレーベルオーナーという姿にもなっただろうと思います。

レーベル側にしてみれば、音楽を扱うことは基本的にはビジネスであり、アーティストが考える「アート」とは常に乖離があったはず。
いちどアルバムがヒットすれば、レーベルは「同じようなレコードをもう1枚作って欲しい」と当然のように要求してくるのです。

ジャンルは違いますが、プリンスのような人ですら自分が思うような形でアルバムをリリースできず、レーベルと対立もしていました。

アーティストの立場はずっと弱者のままだったし、そしてその構造は今も続いています。

その点で、Bandcampは誰からも指図を受けることなく、また録音した音源をすぐに公開することができる点が強みであり、そこがジャズと親和性が高い点です。

ジャズは基本的にはその場限りの瞬間を切り取ったアートであり、極端な話をすれば全ての演奏が全く違う演奏とも言えます。
ロックなどと違って異なるメンバーでの演奏も多く、実際のところアルバムとしてリリースされるのはそのアーティストの活動の中でごくごく一部です。

そういうBandcampの可能性に注目したひとりがピアニストのジェイソン・モランで、彼は18年間所属したブルーノート・レーベルを離れて以降、全ての音源をBandcampで発表しています。

他にもScrewgun Recordsを設立したサックス奏者のティム・バーンは、パンデミックの初期にはブルックリンの自宅でひとりで録音した音源を諸経費ゼロでリリースできることに気づき、「毎月のように作品を発表していこう」と決めたそうです。

ベーシストのMelvin Gibbsは、ブラックミュージックの批評家グレッグ・テイトの死去の当日に、そのトリビュートアルバムをリリースすることができました。

トランペット奏者のデイブ・ダグラスは、自身のレーベルGreenleaf Musicの音源を定額制で販売するといった意欲的な試みを行なっています。

このようなジャズミュージシャンの活動は、そのどれもが従来の音楽ビジネスとは違う、Bandcampだからできた事と言っても過言じゃないと思いますね。

約束の地

Bandcampのスタンスについては、CEOであるダイアモンド氏の
「Bandcampの成功はアーティストの成功に結びついています。アーティストがたくさん稼いでこそBandcampも儲かるのです」
という言葉が明確に物語っています。

Bandcampが行なっているサービスは(少なくともアーティストにとっては)目指すべき理想の姿で、まさに「約束の地」だったのです。

かつてCDやカセットテープというフィジカルメディアに代わり、音楽がデジタルデータへ移行していきました。2000年ごろの話です。
この時に、CDをプレスすることやCDを販売する店舗を大都市に構えるという制約は無くなったはずでした。

今にして思うと、この時期にBandcampのようなサービスが主流になれば良かったのだ、とつくづく思います。

でも実際に起こったことは、違法ダウンロードの引き金となったmp3を広める事になったiPodの出現や、これまで中間業者が取っていたマージンを横取りする形で今までのCDと同じ値段で音楽を売ろうとしたiTunesなどでした。
結果としてこの時の判断の誤りが、違法ダウンロードの蔓延とストリーミングサービスの独占を招いたと言っても良いと思います。

ただBandcampがミュージシャンにとって理想的であっても、こういったサービスがいまの音楽業界を救うことになるのだろうか?と問われれば、ほとんどの人の答えは「ノー」でしょう。
基本的にはBandcampがニッチな層をターゲットとしたサービスというのも確かです。

それに、現在主流であるストリーミングサービスじたいも軒並み急拡大を続けています。
「悪貨は良貨を駆逐する」という事ですかね。

ミュージシャンに低額のストリーミング 料を強いたとはいえ、現実的に「ストリーミングサービス(=Spotify)が違法ダウンロードを撲滅へ追いやった」というのは紛れもない事実。
ストリーミングサービスの存在で目立たなくなっているだけで、違法ダウンロードの問題が根本的に解決しているわけじゃないのです。

CDが1980年代に登場してから、iTunesのようなダウンロード販売が出現し、現在はストリーミングが主流になり、考えてみれば音楽の聴き方の移り変わりはかなり速くなっています。

もしかすると今後ストリーミングは廃れていくかもしれませんが、その先にどんなに音楽の聴き方が主流になろうと、Bandcampのようなサービスは無くならず存続していくはずです。

「音楽はつまるところアートであり、消費を目的としたプロダクトであってはならない」のです。

アーティストが不満を抱えるいまのような状況は、決して長続きはしないはずです。

追記

2022年3月、ゲーム会社Epic GamesがBandcampを買収すると報道されました。

Epic Gamesはフォートナイトなどを発売している会社で、親会社はWeChat(LineみたいなSNSアプリ)を運営している中国企業テンセント。時価総額で世界トップ10に入るくらいの超巨大企業ですね。

Epic GamesはAppleやGoogleのアプリ内の決済に30%もの手数料が取られることに反発して(いわゆる「フォートナイト」裁判)、独自の決済方法を採用するなどAppleやGoogleに依存しないマーケットコミュニティを構築しようとしていていました。

そういう意味で、同じくAppleに依存しないビジネスモデルであるBandcampのビジネスと親和性が高いと考えたのかもしれません。

買収された直後にBandcampは「これまでのビジネス形態を変える事はない」と声明を出していました。

ただこういう声明はあまり意味がなくて、今後は何かしら親会社が経営に干渉してくる可能性はあるかもしれませんね。

今のBandcampの貴重なポジションが無くならないように願うばかりです。