キム・キャス(Kim Cass)『LEVS』

ベーシストのキム・キャス(Kim Cass)の新作『LEVS』

キャスは2015年にソロベースアルバムをリリースしています(未聴ですが)が、リーダーアルバムとしては今回がはじめてのリリースです

『LEVS』のメンバーは
Kim Cass: bass, sampling
Matt Mitchell: piano, Prophet-6
Tyshawn Sorey: drums
Guest
Adam Dotson: euphonium
Laura Cocks: flutes

まずこの超強力なメンバーに目がいくのですが、マット・ミッチェル、タイショーン・ソーリーを含めたピアノトリオというかたち

ユーフォニウムとフルート奏者がゲストとして参加していますがあまり目立っておらず、ピアノトリオによるアルバムと言っても差し支えないと思います

このトリオの組み合わせは他では聞いたことないのですが、このメンバーを見て真っ先に頭に浮かぶのは、2017年にリリースされたマット・ミッチェルの『A Pouting Grimace』ですね
(同じPi Recordingsからのリリースということもありますし)

この『A Pouting Grimace』でもキム・キャスがベースを弾き、Tyshawn Soreyは(ドラマーではなく)コンダクターとしてクレジットされていました
その2年後にミッチェルがリリースした『Phalanx Ambassadors』でもキャスはベースとして参加しています

このミッチェルがリリースした2作は、参加したメンバーにとっても、NYアンダーグラウンド・ジャズシーン(って上手い表現が見つからないのですが)にとっても、エポックメイキングな重要作だったと思います

この『LEVS』は、キャスがジャズ・コンポジションという命題に取り組んだ作品とのことですが、マット・ミッチェルを共演者に選んだことから、『A Pouting Grimace』と『Phalanx Ambassadors』に近い質感を持った作品かも

わたしが聴いた印象でも、この『LEVS』はこのミッチェルの2作のコンセプトをピアノトリオというかたちに凝縮し、さらに進化させたようなアルバムになっていると思います
(キャスがリーダーとはいえ、かなりミッチェルの存在感が色濃く出たアルバムだとも言えそう)

アルバムを聴いてみると、音数の多いハイテンションなアルバムの冒頭曲「Slag」にまず耳を奪われます
いきなりめちゃカッコ良くてわたしなんかは 「これはすごいアルバムかも」 と思ったわけなんですが、そうかと思うと2曲目以降から雰囲気がガラッと変わり、緻密な作曲をベースにした「静かな緊張感」のある曲へと移っていきます

こういうの
「君たちが1曲目みたいなのが好きなのはわかっているけど、2曲目からが自分たちがやろうとしている曲で本番だよ」
と言われたみたいな気分です

ソーリーのドラムは、普段の演奏とは全然違っていて、完全に他のふたりのメンバーとキャスの曲にあわせて叩いてる印象です
ジャズドラミング的なパーカッシブな演奏とも違うし、まるでミッチェルのピアノやキャスのベースをドラムに翻訳したようなイメージかな

まあカッコ良いかというと、ちょっと疑問ではありますけど
これもまた「私たち3人がやりたいのは、カッコ良いとかそういうことじゃないんだ」と言われている感じです。

このアルバムは即興・インプロをベースにしていると思うのですが、3人の意識の共有というかお互いの意識の仕方が良し悪しとは別にすごく「新しさ」を感じる作品だなと思います

例えるなら、これまでのいわゆる即興・インプロがお互いを直視しあっているのだとしたら、この3人の演奏は同じ方向を向いて3人ともが先にある同じなにかを見ている感じ

即興・インプロ主体の音楽はこれまでの長い歴史があるので新鮮さという意味ではあまり感じないのですが、この『LEVS』は新鮮なリスニング体験でした

アルバム全体の構成も1曲の時間を短くまとめ、ピアノにProphet-6のようなシンセ音を織り込んだり効果的な場面でゲスト演奏を入れたり、展開にバラエティを持たせることでアルバム全体を高いテンションに保っていますね