微積分の音楽 ジョン・ゾーン「Calculus」

Tzadik 2020年5月の新作は、ジョン・ゾーンの曲をブライアン・マルセラが演奏したピアノトリオ・アルバム。

Personnel
Brian Marsella(piano)
Trevor Dunn (bass)
Kenny Wollesen(drums)

これはもうお決まりですが、Tzadikレーベルからのリリースなので当然サブスク配信は無し。あしからず、、

タイトルの『Calculus』は”微積分”という意味で、アルバムジャケットにも(高校生の時に習ったような)小難しい数式が並んでいます。
微積分は局所的な変化を扱う微分とその局所的な量の集積を扱う積分から成り、このアルバムの(ひいてはゾーンの音楽活動の)コンセプトを端的に表現する例えになっています。
曲のテンポや曲調が絶えず「変化」していき、その変化の積み重なり全体として曲を構成する、ということを表しているようです。

このコンセプトを元に書かれたゾーンの曲は1曲の長さが長めでアルバムに2曲のみ収録。
1曲のなかにジャズから無調の現代音楽、ラウンジ・ミュージックなどが流動的に混ざり合う混沌とした音楽がプレイされています。
一聴したところ支離滅裂に聴こえるのですけど、ゾーンの代名詞である高速カットアップやゲームピースなどのコンセプトにも通じる曲になっています。
そういう意味ではこれまでのゾーンのアルバムの延長線上にあるともいえ、彼の音楽を聴いてきた人にはすんなり受け入れられるのかも。

ブライアン・マルセラトリオ、再び

このアルバムの演奏はブライアン・マルセラトリオ。

彼らのアルバムは、このブログでもひんぱんに取り上げていてプッシュしているつもりで、第三期マサダ曲集(→こちら)や、マルセラが自身のオリジナルを演奏した配信限定アルバムなど(→こちら)も紹介してきました。
もうマルセラの新作はすべて聴いてすべてブログに書こうと決めているんです。

ゾーンは、近年では自分でサックスを吹くことはめっきり減っていますね。
自身の曲を他のミュージシャンに演奏させるのは、自分が吹くサックス以外の音が欲しいということもあるでしょうけど、単純に楽器演奏家として自分より優れたミュージシャンに演奏させたいという気持ちが強いのだと思います。

ゾーン自身もハードバップ演奏をほぼマスターした卓越したミュージシャンですけど、自分のサックス演奏をそこまで自分自身で評価していないところがあるみたいです。
自分の曲はテクニック的に最高のミュージシャンに演奏させたいと考えると、プレイヤーは自分以外の人に、という考えになってしまうのだと思います。

ブライアン・マルセラがゾーンに重宝されるのも、その卓越したテクニックゆえ。
このアルバムのようにリズムの変化も激しく複雑で音程の跳躍の激しいスコアを他人に弾かせるさまは、なんというかサディスティックと言えるかも。

ゾーンのアルバムでは、かつてはStephen Druryやanthony colemanなどがこういった役割でしたけど、マルセラは難解な楽譜を弾きこなすハイレベルのテクニックとクラシック以外のジャンルをボーダレスに表現する柔軟性をあわせもつ、まさにゾーンが待ち望んだプレイヤーなのでしょうね。