今日はトロンボーン奏者ジェイコブ・ガーチク(Jacob Garchik)のこれまでの活動について
ガーチクはいちばん最近ではサックス奏者アンナ・ウェバーの『Idiom』『Clockwise』といったアルバムにも参加していました。
これまでの彼の活動をみると、メアリー・ハルヴォーソン・セプテット/オクテット、マイケル・フォーマネクのEnsemble Kolossusなどなど、現代ジャズのラージアンサンブルではかなり名前を見るプレイヤーです。
他にもヘンリー・スレッギルが15人のアンサンブルでレコーディングした『Dirt... And More Dirt』に参加していたりも。
けっこう前から気になってソロアルバムなども聴いていて、「新しいアルバムが出たらブログに書こうかな」と思っていたのですけど全くその気配がないので、今回ブログに書きました。
ガーチクのこれまでの音楽キャリアはかなりユニークなのですが、最も初期の活動としては有名なのはSlavic Soul Party! への参加ですね。彼は数多いメンバーのひとりという立ち位置でしたが、ブラスアレンジなどを担当することもあったようです。
Slavic Soul Party! というと1995年の映画『アンダーグラウンド』、それに続いて1990年代後半に立て続けにリリースされたファンファーレ・チォカリーアのアルバムなどで話題になったバルカン・ブラス・バンド。
Slavic Soul Party!のアルバムは2002年以降にリリースされていて、まだいくらかバルカン音楽ブームが続いていた時期じゃないかと思います。アメリカ本土で(日本のように)バルカン音楽が流行っていたのかどうかはわかりませんが。
クロノス・カルテット
ちょうどSlavic Soul Party!に参加している時期に、ガーチクの初期のキャリアを決定づける出会いがありました。
それはクロノス・カルテットのヴァイオリン奏者であるデビッド・ハリントンが、たまたまこの時期のガーチクが出演したライブを観てそのアレンジを気に入り、そのことがきっかけでガーチクにクロノス・カルテットのアレンジを依頼するようになったのです。
(ガーチクはカリフォルニア生まれで、ハリントンの子どもたちはガーチクと同じ高校に通っていたとか。きっかけは案外そういう些細な事柄からだったのかも)
クロノス・カルテットはガチの現代音楽がメインですが、ワールドミュージック系のミュージシャンと共演したアルバムもけっこうたくさんレコーディングしています。ガーチクが担当したのは主にこのワールドミュージック系統のアルバム。
彼が参加したクロノスのアルバムは、ペルシャ・アラブ音楽を取り上げた『Floodplain』と『Rainbow』、 アメリカーナ・フォーク音楽の『Folk Songs』、ブルガリアン・ポリフォニーからボリウッド音楽まで世界中の音楽を詰め込んだ『A Thousand Thoughts』などなど、国もジャンルも多種多様です(実際にはもっとたくさんガーチクの参加作品はありますが全部紹介しきれない)
ガーチクはもともとはマイルス・デイビスなどのジャズや、ザ・フー、ビートルズ、ストーンズなどのクラシックロックを好んで聴いていたようですし、民族音楽に詳しいとかそういうことは無かったようです
今でこそマネス音楽大学のアンサンブルアレンジを教える立場のガーチクですが、ハリントンと出会った当時はストリングスのための曲やアレンジの経験すらほとんど無かったそうです。
そんな彼にアレンジを依頼するっていうのもハリントンは中々チャレンジャーですね。
ハリントンはガーチクのことを「彼は地球上で最も好きなミュージシャンの一人です」とまで言っていて、このコラボはかなり長期にわたって続いたようです。
ガーチクはアレンジャーとしてだけでなく、クロノスが担当した「The Campaign」(2013年)というドキュメンタリーのスコアなど多くの作曲を担当もしていますね。
話はそれますが、クロノス・カルテットのワールドミュージックアルバムというのは賛否両論なのかもしれないですね。
クロノス・カルテットはほぼ毎年・ほぼ毎アルバムと言って良いほど取り上げるジャンルと共演者を変えていて、「今回はこれ、次はこれ」みたいな”つまみ食い”とも言えるようなアルバムの作り方はちょっとモヤっとしてはいました。文化盗用(Cultural appropriation)っぽいニュアンスを感じないでもないですし。
ただそういう見方はあるとはいえ、純粋に音楽のみを聴くとクロノスのこういう一連のアルバムは、軒並みレベルが高くて良いアルバムが多いとは思います。
まずなんといってもクロノスは共演者の人選が素晴らしい。
ガーチクが参加したアルバムでいうと、例えばアリム・カシモフ、アーシャ・ボスレー、リアノン・ギデンズとか。
加えて、クラシックとワールドミュージックの不自然なミックスにならないように気を配っていて、それがうまく成功していると思います(これに失敗している本当にアルバムは多いです。極端な例ですけど例えば津軽三味線とドラムの共演みたいのを想像してもらえるとわかりやすいかも)
ソロ
最近の彼の活動はラージアンサンブルへの参加が多いのですが、ソロアルバムやいくつかのプロジェクトもいくつか行っており、そのどれもが興味深いです。
主なプロジェクトをあげると、ガーチク自身が4種類のホーン楽器を多重録音してレコーディングしたアルバム『The Heavens』(2012)や、14人のホーン奏者のみによるアンサンブルで作られた『Clear Line』(2020)といったソロアルバム。
自身のトロンボーンをセンターに、バックにBrandon Seabrook, Mary Halvorson, Jonathan Goldbergerという3人の超エッジーなギタリストを並べたアルバム『Ye Olde』
メキシコのバンダ音楽をフィーチャーしたグループ Banda de los Muertos。
同じ楽器をたくさん並べるという点がこだわりのようですね。
彼によると「フルートを17本使ったアルバムだってすぐ作れる。自宅のスタジオでマイク1本を使って17回演奏するだけ」ということらしいです。
どのプロジェクトもパッと聴いた印象は、ホーンが派手に鳴り響き盛り上がる曲調が多いのですが、よくよく聴くとフレーズが多層的に絡み合い「仕掛け」の多いアレンジが多いですね。
ベースは無し、ドラムなどのリズム楽器も最小限なのですが、グルーヴ感をホーンでうまく表現しているところも聴いていて新鮮です。
どのグループも違う魅力があって好きなんですけど、1枚選ぶならサブスクで聴ける『Clear Line』かな。
余談
彼のSNS(twitter)、最近よく読むんですよね。
SNSには「真面目な人」「良い人」「気さくな人」いろいろいますけど、彼は割とシニカルな感じのコメントとか毒のあるジョークとか多くて読んでて面白いです。