イングリッド・ラウブロック『Dreamt Twice/Twice Dreamt』レビュー

ソプラノ/テナーサックス奏者のイングリッド・ラウブロック(Ingrid Laubrock)の2枚組アルバム『Dreamt Twice/Twice Dreamt』が、Intaktレコードからリリースされています。

イングリッド・ラウブロック、すごく好きなんですよね。
彼女はドイツ生まれで、プロとしてのキャリアをスタートした時期にロンドンに移住し、最終的に2008年にニューヨークに移ってきています。
1970年生まれで2020年時点で50歳ということなのですが、アメリカデビューはキャリアの中でかなり遅い時期ではありますね。

このアルバムは2枚組で、2枚それぞれに「Dreamt Twice」「Twice Dreamt」というタイトルが付けられています。
1枚目はチェンバーオーケストラにソリストを加えた曲で、2枚目は1枚目と同じ曲を小編成グループで演奏するという区分けになっています。

かなりチャレンジングで意欲的なアルバムですが、素晴らしいアルバムだと思いますが、個人的にはラウブロックのアルバムでは最高の出来栄えなんじゃないかと感じますね。

2020年に聴いたアルバムの中でも年間ベスト級と言っていいかも。


参加者クレジットは人数多いので投稿の最後に記載しています。

このアルバムのコンセプトである「チェンバーオーケストラとソリストの即興の融合の試み」は実はこのアルバムが初めてという訳ではなく、2014年くらいにアンソニー・ブラクストンとウォルター・トンプソンを観たことにインスピレーションを得て、チェンバーオーケストラ用の曲を書きはじめたそうです。

書かれた曲はその後、Vision FestivalやJazz Composers Orchestra Institute Readingといったライブで上演をされていくことになります。

この時期に書かれた曲を新たにレコーディングしてコンパイルしたアルバム『Contemporary Chaos Practices』(2015)は、(特にクラシック方面から)高い評価を得たようです。

『Dreamt Twice/Twice Dreamt』は、評価の高かった前作の続編的・発展的な位置づけでもあり、そういった意味で待望のアルバムとも言えます。

書かれた曲も、耳に残る印象的な曲が多いですね。
クラシックのようなカッチリとした曲でもなく、マリア・シュナイダーのビックバンドようにきらびやかな感じでもなく、映画のサントラのようでそこまでウェットではなく、アンビエントミュージックのようでそこまで退屈ではない、すごくユニーク。
聴いていると時間感覚が狂わされるような感覚を受けます。

チェンバーオーケストラとソロの融合

前作の『Contemporary Chaos Practices』では、メアリー・ハルヴォーソン(ギター)、クリス・デイビス(ピアノ)、ネイト・ウーリー(トランペット)がソリストでしたが、今回の『Dreamt Twice/Twice Dreamt』ではピアニストのコリー・スマイスと、エレクトロニクスのサム・プルタがソリストとして大きくフィーチャーされています。

コリー・スマイスとサム・プルタの2人とも、個人的に最近のアルバムがお気に入りでこのブログでも取り上げていることもあり、自分の好みにかなり刺さる人選。
いやぁ、わかってるなー、ラウブロックさん。
とはいえ、スマイスもプルタもラウブロックの過去のアルバムに参加済みで、意外な人選というわけではないのですけどね。

このふたりのソリストによる演奏風景も見れる動画がこちら

スマイスは通常のピアノの上に小型のMIDIキーボードを置いて弾いています。
このMIDIキーボードから聴こえるのもアコースティックピアノの音なのですが、通常のピアノチューニングでは鳴らせない微分音を鳴らしているようです。
(横のラップトップにAbleton Liveという音楽ソフトが見えていて、このソフト上でチューニングしているみたい)

サム・プルタの方はというと、2枚のディスプレイ上にソフトウェアでスライダーなどのコントローラーを並べてタッチパネルで操作するというライブエレクトロニクス的な手法ですね。
どういうソフトを使っているかは、動画の見た目からはわからない感じ。proce55ingとか? あんがい普通にMaxなのかも。

スマイスによる微分音ピアノもプルタの異質な電子音も、このアルバムの不穏なムードをうまく演出しているようです。
実際のところ、特にプルタの電子音の効果的な使い方もあって、電子音楽を使った現代音楽(たとえばポーリーン・オリヴェロス、たとえばミルトン・バビット)のような印象を受けるパートも多いです。
いろんな音楽が交錯する音楽だとは思いますが、少なくともこれを聴いて「ジャズだ」と言う人はひとりもいないかも。

サックス奏者としてのイングリッド・ラウブロック

このアルバム1枚目のオーケストラ競演盤ではラウブロック本人が吹くサックスパートは少ないのですが、2枚目では彼女のサックスをたっぷり聴くことができます。

基本的にはラウブロックはフリーインプロ重視のサックスプレイヤーだし、こういうアヴァギャルドなプレイを「豊かな音楽」として聴くにはリスナーも集中力が必要なのですけどね。

ラウブロックのサックスも複雑で難解なことは聴いていてわかるのですけど、不思議なことに彼女のサックスは違和感なく心地よい演奏として聴けるのですよね。
波長が合うみたいな感じかも。
ラウブロックの演奏を聴くたびに「どこが自分と波長が合うのだろう?」と理由を探そうとしているのですが、ちっともわからないですね。

この『Dreamt Twice/Twice Dreamt』でも彼女の作曲・ソロのどちらも、そんな音楽のマジックが隠されているようで、何度聴いても惹き込まれます。

【追記】
ちなみに、この『Dreamt Twice/Twice Dreamt』にも1枚目で参加している、ドラマーのトム・レイニーとラウブロックさんはご夫婦だそうです。知らんかった、、
今回のアルバムでもドラムで参加していますね。

アルバムクレジット

DREAMT TWICE – CD 1
Personnel
EOS CHAMBER ORCHESTRA
Conductor: Susanne Blumenthal
SOLOISTS:
Sam Pluta: Electronics
Cory Smythe: Keyboard
Robert Landfermann: Double Bass
Tom Rainey: Drums
Ingrid Laubrock: Saxophones

TWICE DREAMT – CD 2
Personnel
Ingrid Laubrock: Saxophones
Cory Smythe: Piano
Sam Pluta: Electronics
GUESTS:
Adam Matlock: Accordion
Josh Modney: Violin
Zeena Parkins: Electric harp