今日のブログ投稿は「グナワ音楽」の紹介。 かなりざっくりとしたくくりですね。
先日Electric Jalabaというグナワのフュージョングループのアルバム『El Hal / The Feeling』がリリースされていて、ここ1週間くらいずっと、いろんなグナワミュージシャンを聴いていました。
この間にいろいろ聴いた中でお気に入りのアルバムも紹介します。(当のElectric Jalabaのアルバムじたいはあまり興味をひかれなかったのですが)
グナワ
グナワ音楽は主にモロッコで演奏される音楽で、イスラム教の宗教的な歌とリズムの体系で、クラカブと呼ばれる大きくて重い鉄製のカスタネット、ゲンブリと呼ばれる3弦のベースが中心となって演奏されます。
多くの場合はゲンブリ奏者がヴォーカルも担当します。場合によっては数人のコーラスや、ハンドクラッピングが加わることもあります。
グナワは基本的にはモロッコのローカルな音楽なのですが、もともとサハラ砂漠以南から伝わってきたそうです。
グナワがモロッコ社会に完全に同化するほんの60年ほど前までは、レパートリーのほとんどすべてがマリのバンバラ語、サヘルのフラニ語やハウサ語などサハラ以南の方言で歌われていたそうです。
トラディショナルなグナワは、リラと呼ばれる祈りと癒しを目的とした儀式の場で演奏されるのですが、これはホームパーティーのように誰かの家に集まるなどコミュニティの中で共同で行われ、一晩中続くそうです。現在ではコンサートのような形で演奏されることも多いようですが。
グナワ音楽はここ数年でかなり認知度があがってきて、「ああ、グナワね」と言う人も増えてきたんじゃないかと思います。
認知度があがったきっかけはふたつ。
ひとつは2014年に、「キング」とも言われた著名なグナワミュージシャンであるマフムード・ギネア(Mahmoud Guinia)氏 の2014年ボイラールームへ出演したこと。
もうひとつはその直後の2015年に、ギネア氏が突然に亡くなったこと。
このことから、マフムード・ギネア氏とグナワについて、web記事などで取り上げられることが増えたことが大きな要因のようです。
そうした流れの中で、最近ではスナーキー・パピーやジェイコブ・コリアーなどもグナワ・ミュージシャンと共演しているそうです。
グナワはトランス音楽なのか
グナワは「トランス音楽だ」と良く例えられるのですけど、いったいどういう意味なんでしょうね。
トランス音楽の短いシンセサイザーの旋律を延々と繰り返すところがグナワと似ているのかも。
グナワの歌でも、様々な精霊を描写する一連の詠唱を表現するフレーズや人物のセリフが何度も繰り返されるので、歌は長く続きます。実際、1つの歌が数時間にわたって続くこともあります。
この長時間の音楽によりトランス状態へ入る聴衆もいるとか。
まぁトランス状態って「素晴らしい音楽に触れた恍惚」とかではなくて単なる酸欠なんだと思うのですけどね。
これはテレビで誰かが言っていた例えですが、「どんぶらこっこ、どんぶらこ」という誰でも言えるフレーズでも、数時間ぶっ続けで声に出しているとトランス状態にトリップできる、と(やったことないけど)
イスラムではこのトランス状態と宗教的な高揚感が結び付けられることが多いですね。グナワでも、房のついた帽子を被った頭をぐるぐる回してなかば意図的にトランス状態へ向かうということもあるようです。
同じイスラムのトルコ音楽の、音楽にあわせて数十分近くもくるくる回りトランス状態へ向かう旋回舞踏なども同じような話かもしれないですね。
まぁトランス音楽もグナワのどちらも、こういう話になるとドラッグという話も避けては通れないのでこれくらいにしておきますが、、
ポリリズム
グナワはもともとサハラ以南の音楽に起源があることから、いわゆるアフリカのポリリズムが特徴的ですね。
Snarky PuppyがグナワミュージシャンのZiad HamdとHamid El Kasriの演奏を横で聴いている動画がわかりやすいですね。このリズムの取り方がまさにポリリズムなのでしょう。
リスムは主にクラカブが担当しているのですが、クラカブの音もきれいな金属の響きじゃなくてあえて濁った音を出しているんじゃないでしょうか。韓国のサムルノリで使われる打楽器ケンガリなどは、あえて真鍮に混ぜ物をして濁った音色を作っているとか。アタック音をあいまいにして、かつレゾナンスをカットしているんですね。
注意深く聴くと実は微妙に変化をつけているのですが、同じようなフレーズを延々と繰り返すというグナワの 「終わらない感じ」 「とどまっている感覚」 が、グナワが他ジャンルのミュージシャンには魅力的に聴こえるんじゃないかな、と思いますね。
グナワは、パッと聴いた感じはブルースに似てはいますけど、ブルースはドミナントコードを延々と続けることで「常にどこかへ行こうとしている」音楽ではあるので、似て非なるものという感じですね。
ジャズでいう「モード」も、この「終わらない感じ」を表現したかったのだと思いますので、そういう意味ではジャズミュージシャンとグナワの親和性が高いのもうなずけます。
グナワ・ミュージシャン
それでは、わたしが聴いた中で気に入ったグナワミュージシャンとアルバムを紹介
最後にプレイリストも作りましたので良かったらどうぞ
ちなみに、グナワミュージシャンの名前の頭にMaâllemという単語が付くことがありますが、これは「達人」「マスター」みたいな意味だそうです。インド音楽のパンディット(ウスタッド)みたいなもののようです。
Mahmoud Guinia(マフムード・ギネア)
今の時点で「もっとも著名なグナワ・ミュージシャン」ではないでしょうか。2015年8月2日没。
ファラオ・サンダースやカルロス・サンタナなどと共演し、ギタリストのジミ・ヘンドリックスは、エッサウイラの彼の家で数ヶ月間レッスンを受けたそう。
父親もMaâllem Boubker Ganiaという著名なグナワミュージシャンで、彼の2人の兄弟AbdelahとMokhtarも著名なグナワミュージシャンです。
Hamid El Kasri(ハミド・エル・カスリ)
ジェイコブ・コリアーやスナーキー・パピーとも共演しています。彼のYouTube動画再生回数は数百万回もあり、ものすごい数ですね。モロッコでは最大の”スター”の一人。
彼の出身地は北部の町Ksar El Kbirであるため、Kasri(=Ksar出身者)というニックネームがついているそう。
Wikiには、「ラバトのガルバオイ、エッサウイラのマルサウイ、モロッコ南部のスーシ(ベルベル人)など、北部の音楽と南部の音楽を融合させている」とありました。
Hassan Hakmoun(ハッサム・ハクムーン)
初期のRealworldからアルバムをリリースしたこともあり、世界に初めてグナワという音楽を広めたミュージシャンと言っていいかも。
ただ、そのRealworld盤はかなりエスノ・ポップ色が強く、今のグナワのポップ路線の先駆けとなったことを考えると、その評価は「功罪相半ばする」のかも。
彼は早くから主にニューヨークで活動してきており、ニッティング・ファクトリーでの演奏をしたときの観客だったダニエル・ラノワからピーター・ガブリエルを紹介されたそう。(この時の観客にマイルス・ディビスもいたとか)
ちなみにニューヨークでタップダンサーとして活動しているイワホリ・チカコさんという日本の方と結婚されたそうですね。
Asmâa Hamzaoui(アスマ・ハムザウィ)
カサブランカ出身の20歳のアスマ・ハムザウィと彼女のグループBnat Timbouktouは、2019年に『Oulad Lghaba』というアルバムをリリースしています。
ハムザウィは、初めての女性グナワマスターとなった人。これも時代の流れですね。グナワの家庭に生まれたハムザウイの父親はマアレムで、母親は地元のリラを組織していました。
『Oulad Lghaba』というアルバムは、トラディショナルなグナワフォーマットにのっとった演奏ですが、ハムザウィの表情豊かなヴォーカルが印象的な素晴らしいアルバムですね。
リリース当時はけっこう話題になったと思いますが、コンピレーションアルバムのようなアルバムジャケットと、読めないアルバムタイトルをなんとかすればもっとガンガン売れたのかも。
Majid Bekkas(マジッド・ベッカス)
マジッド・ベッカスは、モロッコの音楽家、マルチ奏者、作曲家、そして元クラシックギター教師です。ヴォーカル、ギター、ゲンブリ、キーボードなどいろんな楽器を演奏するミュージシャンですね。
グナワ音楽家は、基本的に世襲でファミリー・ビジネスなのですが、彼のような経歴を持つミュージシャンも増えてきています。
もともとはロックやブルースを演奏していて、70年代から活動するベテランなのですが、90年代くらいからジャズミュージシャンとの交流が増えてきたようです。(モロッコのフェスでクラリネット奏者のルウス・スクラヴィスと出会ったことがきっかけとか)
特にヨアキム・キューンやラモン・ペレスとのトリオは何枚もアルバムを出していますね。ベッカスはベースの役割を担うゲンブリとヴォーカルを担当しています。
ランディ・ウェストンやドン・チェリーなどこれまでも多くあった「ジャズとグナワの融合」という試みに関してもっとも成功しているのがマジッド・ベッカスじゃないかな。
Aziz Sahmaoui(アジズ・サハマウィ)
アジズ・サハマウィは、1990年代に北アフリカの影響を受けたレゲエやライをミックスした演奏で人気を博したオルケストル・ナシオナル・ドゥ・バルベス(Orchestre national de Barbès/ONB)の中心メンバーだったミュージシャンです。ONBは日本ではけっこう人気があったようですね。
彼はONBで2枚のアルバムをリリースした後、ピアニストのジョー・ザヴィヌルのザヴィヌル・シンジケートに参加しています。ザヴィヌル・シンジケートは、ベースのリチャード・ボナ、ドラムのパコ・セリーを皮切りにどんどんワールド路線へとシフトしていましたので。
ザヴィヌル・シンジケート脱退後も、サハマウイは、フランス、セネガル、北アフリカなど様々な国からメンバーを集め、自身のバンド「The University of Gnawa」を結成していて、コンスタントにアルバムをリリースしています。
かなりテクニカル指向のエスノ・フュージョンで、そういう音楽が好みの人にはぴったりかも。
Innov Gnawa
モロッコ出身のHassan Ben Jaafarを中心に、2014年ブルックリンにて結成されたグナワを演奏する6ピース・バンド。
伝統に忠実なグナワを演奏するグループなのですけど、フットワークが軽くスナーキー・パピーや、DJ/プロデューサーのBonobo(良く知らないけど)などいろんなミュージシャンと共演しています。
グナワ演奏のライブで観客をガンガン盛り上げている様は新世代な感じですね。
Maâlem Mokhtar Guinia & Bill Laswell(モフタール・ギネア&ビル・ラズウェル)
ビル・ラズウェルは長年のグナワファンであり、1994年にマフムード・ギネアとファラオ・サンダースとの共演盤『The Trance Of Seven Colors』(1994年)をプロデュースしています。
このアルバムの「Moussa Berkiyo/Koubaliy Beriah La’ Foh」という曲ではサンダースは儀式のトランス状態に陥り、ほとんど演奏できなかったそうです。
またラズウェルは2016年にアルバム『Tagnawwit/Holy Black Gnawa Trance』をリリースしています。このアルバムは故マフムード・ギネアの弟であり自身もグナワ音楽のマスターであるモフタール・ギネアを呼び、グレアム・ヘインズなどの常連組やレッド・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミスなど新規組などを多数起用したフュージョン・アルバムになっています。
「グナワと他ジャンルの融合」といっても、けっきょくどちらかの音楽の比重が大きくなってあまり上手くいかないことが多い中、このビル・ラズウェルのアルバムはかなり理想に近い形のアルバムになっているのかも。
こういうアルバムの作りに慣れているというか、さすがです。
もう1点、この『Tagnawwit』にも参加しているパーカッショニストのアダム・ルドルフは、ジャズとグナワの結びつきを語るうえで欠かせないミュージシャンですね。
彼はアメリカ人で後にアフリカに移り住んでいるのですが、AACMなどフリージャズミュージシャンと親交があり、ジャズミュージシャンとグナワを結びつけるうえで大きな役割を果たしたようです。