El Khatは、イエメン・ディアスポラの子孫であるユダヤ人のエヤル・エル・ワッハーブ(Eyal El Wahab)をリーダーに、イスラエルで活動しているグループです。
今回は彼らの2ndアルバム『Albat Alawi Op.99』の紹介。
エル・ワッハーブだけでなく他のメンバーもそれぞれイラク、ポーランド、モロッコなどイスラエル外にルーツを持つ、マルチカルチャーなグループですね。
彼らは中東・イエメンのフォークソングをいま風にアレンジした音楽を演奏しています。
『Albat Alawi Op.99』はストリーミングでも聴けますが、PVの作りが秀逸なのでここではこちらのPVを紹介。
まるでアル・ジャジーラの報道のような映像で、レポーターからインタビューを受けるエル・ワッハーブが歌い出すという印象的なPVです。
ポリリズミックでかつ「モタる」リズムに、地を這うベースライン、ゆるめのホーンセクションが全体的に気だるい感じを演出していて、カッコよいですね。
エヤル・エル・ワッハーブ(Eyal El Wahab)
リーダーであるエル・ワッハーブは、シナゴーグの音楽を聴くようなユダヤ系の家庭で育ちましたが、その後に音楽を志し独学でチェロをマスターしたそうです。
26歳くらいの時には当時の仕事を全て辞めて音楽を生業とすることに決め、バスキングなどで音楽活動をはじめました。
その後、北アフリカのアラブ音楽を演奏するエルサレム・アンダルシア管弦楽団に入団することになります。
その時ワッハーブは楽譜がまったく読めないのに、なぜかオーディションをパスしたそう。
当時の様子を語った彼のインタビューを引用すると
「1年間は、演奏のまねごとをしていました。ただ練習場に座り、何かフレーズが聴こえたらそれをコピーしていました。おかしな話ですよね。でもしばらくするとそれもストレスになってきたのです。もし誰かに何か弾いてくれと頼まれて、それが出来なかったらどうしようとおびえていました」
といった状況だったとか。
Qat, Coffee & Qambus :Raw 45s from Yemen
そんな中、彼の妻がエル・ワッハーブに2012年にDust to Digitalレーベルからリリースされた60-70年代のイエメン音楽のコンピレーション『Qat, Coffee & Qambus』のLPを手渡したことが、彼のその後を決定づける、まさに天啓となった出来事だったようです。
いわく「このアルバムは本当に心に響いたんです。完全に打ちのめされました」
彼はイエメン音楽のルーツ音楽を追求するためオーケストラを辞め、自ら楽器を作りはじめ、El Khatを結成しました。。
エル・ワッハーブ自身は、60年代のイエメン音楽の特徴としてはこのように語っています。
「イエメンの音楽は、ビートの感じが他のアラビックスタイルと大きく異なります。レイドバックが強調され、ドラムは金属板などで演奏されます。ウードはドラムセクションをエスコートするように演奏されます。リズムキープが中心の音楽で、ソロパートや名人芸のようなボーカルはあまり演奏されません」
このコンピレーションはストリーミングでも聴けるのでアップしますね。
失われた伝統へのオマージュ
El Khatの活動を紹介する際に、彼らがプラスチック容器など廃材から自作した楽器を使うことは良く話題になりますね。エル・ワッハーブは大工経験もあるらしいです。
こちらの映像で、エル・ワッハーブがゴミを集め楽器を作る過程が映像になっています。モロッコのグナワ音楽で使われるギンブリ(Gimbri)っぽい弦楽器ですね。
エル・ワッハーブによると、楽器の廃材利用の衝動は個人的な哲学の表明だということです。
「なぜ私はもっと背が高くないのか?どうして私には筋肉がないのだろう?どうしてお金がないのだろう?なぜ車を持たないのか?そのすべてです。ただいまある自分を受け入れて、その美しさを見る必要があるのです」
「私は、楽器も、録音設備もない中で作られたイエメン音楽にとても影響を受けたんだ」
「背景の雑音が聞こえたりチューニングがずれていたりするがとてもシンプルで、私はこの感覚、不完全さに惚れ込んでしまったんだ」
つまりは、イエメン音楽の伝統というよりもその「伝統の無さ」へのオマージュであり、廃材はその「伝統の無さ」の象徴ということなのでしょう
サウンド的にも、この廃材を使った楽器や貧弱な環境での録音は、イエメン音楽独特のローファイな雰囲気を出すのに一役買っています。
特に金属板を使ったパーカッションの混じり気のある濁った音が、El Khatのある意味ジャンクなサウンドを特徴づけていると思いますね。
ただ、El Khatのライブ映像を観ると既製品のキーボードやドラムセットなどもかなり使っていて、、自作楽器が使用された範囲は限定的じゃないかとは思いますね。
Albat Alawi Op.99
今回のアルバムは2ndアルバムなのですが、1stアルバム『Saadia Jefferson』に比べてけっこうイメージが変わっていますね。
『Saadia Jefferson』は、Batov Recordsというロンドンの新興レーベルからリリースしています。
ちなみにBatov Recordsというと、このブログではSHIRANというアーティストを紹介したことがありました(こちら)
彼女は、エヤル・エル・ワッハーブと同じようにイエメンからイスラエルへ移住してきたディアスポラ移民の子孫でしたね。
Batov Recordsはロンドンのレーベルということで当時のロンドンのシーンを反映したのかもしれませんが、1stアルバムの『Saadia Jefferson』は、オマール・スレイマン(Omar Souleyman)と比較されるようなサイケでファンキーなアルバムになっていました。
このアルバムを聴いたジャイルズ・ピーターソンの“Brilliant”というコメントが良くメディアで引用されていることからもわかるように、ホーンアレンジなどは、ちょこっとロンドンジャズっぽい雰囲気もあったり。
ただ正直なところ『Saadia Jefferson』は、イエメン音楽をエスニックさを演出するツールのように使っている気がして、あまり好きになれないアルバムでしたね。
El Khatが演奏しないといけない、というほどのオリジナリティもあまり感じなかったですし。
で、今回の『Albat Alawi Op.99』はGlitterbeatというドイツ拠点のワールド系音楽レーベルに移籍してのリリースです。
移籍先のGlitterbeatというと、ちょうど最近アヴァランチ・カイトというグループについて書きました(こちら)
おそらくレーベル規模としてはGlitterbeatの方が大きくて、今回の移籍はEl Khatにとってはステップアップと呼んでも良いんじゃないかな。
また今回の『Albat Alawi Op.99』は、イエメンで最も有名なアーティストの1人でありエル・ワッハーブが最も影響を受けた、「ウードの王様」とも呼ばれるファイサル・アラウィ(Faisal Alawi)へのオマージュだそうです。
ファイサル・アラウィの音源はストリーミングでは聴けないみたいので、こちらの動画をアップ。
シンプルなアラブリズムとさほどテクニカルでないウードとギターによる演奏で、「これがイエメン音楽かっ!」という感じなのですが、じわじわと良さが感じられてくるタイプの音楽ですね。
レーベルが変わったことが良い方向に影響したのか、エル・ワッハーブ本人がほとんどの曲を書いたためかはわかりませんが、この『Albat Alawi Op.99』はエル・ワッハーブがかつて『Qat, Coffee & Qambus』を聴いて志向した60年代のイエメン音楽のフィーリングがよりストレートな形で再現されていますね。
追記
この『Albat Alawi Op.99』というタイトルですが、「アルバ(Albat)」は宝物を入れる小さなブリキの箱の意味、「Alawi」はファイサル・アラウィへのオマージュ、そして「Op.99」はクラシック音楽の作品番号(オーパス)のことで、”西洋のクラシック音楽と同じ敬意を払う “ことを意図して付けられたそうです。
また『Albat Alawi Op.99』はコロナ禍での制作となり、かなりの部分でオーバーダブで作られているそうです。もしみんな集まって制作された場合はもしかするとライブ感のあるアルバムになったかもしれず、このあたりは次作に期待ですね。